第一章 知事就任

総務部長や市長に、大島支庁長に任せておけばいい奄美に、知事が何をしに行くのかという顔をされるのは不愉快極まりない。

別に、遊びで行くわけではない。それに総務部長のヤツ、いかに筆頭部長といえども、あれは知事に対する態度か。どうもヤツは最初から自分に反感を持っているような印象が拭えない。言葉の端々に、それを感じる。なぜなのかは、見当がつかないが。

光三は庁内の実力者を敵にまわすと仕事に差し支えが生じるのを承知しながらも、苛立ちが収まらずに秘書課長を呼びつけた。知事と総務部長の応酬を聞き及んでいるはずの秘書課長は、端正な顔に緊張感を帯びて入室してきた。君は総務部長に本官が奄美に縁があるのを喋ったのかと詰問する光三に、秘書課長の目が泳いだように見える。

「他言は無用だと命じたろうが」

姿勢を固くした秘書課長が、低い声を絞り出した。

「牛山部長が、知事の奄美ご視察を非常に強く反対されるものですから、つい知事にはお身内のご事情もおありだと。まことに申しわけございません」

「まあいい。隠さなければならんことではないし、いつかは知られるだろう」

秘書課長が深々と頭を下げる。

「だけどな、末永君。なんで市長は本官が奄美行きを希望しているのを知っているんだ。誰か庁内のお喋りから情報を仕入れているとしか思えん。違うか?」

すぐには返答しない秘書課長の困惑した顔を見た光三は、容易に気づかされた。

「総務部長が外部に言いふらしているんじゃないのか?」

「部長が、庁内の情報を意図的に市長の耳に入れておられるとは思いません。ただ、お二人は遠い縁戚関係にあると聞いたことはございますが」

二人が縁戚の間柄とは、いろいろ厄介になりそうだ。さて、奄美行きをどうするか。

光三は知事に就任してから数カ月ばかりしか経っていない時点で、県の筆頭部長のみならず、地域のボスである有力市長とことを荒立てるのは避けるべきだと考えている。中央からきた官選知事の自分が、地方の人縁や地縁を軽視するのは危うい。

「よかろう。皆が反対ならば、奄美の視察は少し先延ばしする。島は消えてしまうわけじゃないからな」

秘書課長が承知しましたと、明らかに安堵の表情を浮かべて知事室から出ていった。