光三はその背中を見送りながら、不快感を抑え込むようにちょび髭を引っ張る。
地元の人間たちは、なぜ自分の奄美行きをこうも妨害するのか。市長の話などを持ち出すのは、本当の理由だとも思えない。何か事情があるはずだ。やはり、薩摩隼人たちは一筋縄ではいかんかもしれん。
ひとまず奄美の視察を諦めた光三は、まずは懸案になっていた市長や地元財界との港湾問題の協議に応じた。協議の折に、何気ない振りをして、市長にいずれ奄美に出かけてみようと計画していると仄めかしてみた。反応を探りたい。
その場では、市長は薄笑いを浮かべて光三の話を聞き流したかのように見えた。それほど奄美なんぞに行きたいのなら、ご随意にとでも言いたげな態度に感じられた。
光三が知事に就いてから半年が過ぎた頃、秘書課長の奮闘もあって、ようやく奄美群島の主島である奄美大島への視察が組まれた。
光三は美恵子の同行を内心で強く希望していたし、それは鹿児島同伴を得る約束でもあった。しかし熟慮したうえで、今回は連れて行くのを断念した。奄美行きは公私混同ではないかといった、庁内に潜在しているかもしれない謗りをいささかも招きたくはなかった。
美恵子に、どう事情を打ち明けるか。
「なんだかんだと妨害されてきたけど、やっと奄美へ行くことが決まったよ」
光三はダイヤメの焼酎を呑みながら、あえて淡々と美恵子に告げた。
「いつですか? 私も支度しなくちゃ」
美恵子の弾んだ声を聞くと、連れて行けないのが辛くなる。
「それがな。すまんが、ワシだけで行くことにした。物見遊山かよって言われかねないもんでな。女房連れだと。うるさい連中がいるんだ」
美恵子は光三の渋面をのぞき見て、詳しくは語らないけれど職場で苦労しているらしいと感じ取ったようで、何も詮索せず素直に納得してくれた。