プロローグ
男は、船の甲板に仁王立ちしている。
桜島が放った灰色の噴煙がたなびいていた空が、いつの間にか遠くなっていた。それにつれ、大空の青さが増していく。
南の海にむかう船は、右手に鹿児島本土の最南端にそびえる薩摩富士の秀麗な姿を望みながら、穏やかな錦江湾を抜け出ようとしている。これで、本土との別れだ。船の後方を振り返ると、波静かな湾内に航跡が陽光を浴びて白く輝いている。湾の奥の方では、海と空がつながっていく。
船が暮色の迫る外洋に出るや、常よりも高い波浪に迎えられた。まるで無数の白ウサギが、大海原を元気に跳ねまわっているように見える。
この見渡す限りつづく躍動感あふれる光景に包まれると、波を切り進んでいく先を無言で睨んでいる男の胸も大いに弾んでくる。精一杯の気合と覚悟を込めて、ロマンに満ちた闘いに挑む旅立ちにふさわしい。
男が目指していくあの南の島では、古来、海のかなたから神さまが現れると信じられてきたという。
昭和一〇年が明けた今、現代の神さまが降臨するのだ。