画面を操作する携帯電話は初めて見たが、いろいろいじっているうちに、要領を掴んだ。

ブラウザを起動させてみると、まず「My Life」の文字が目に入り、導かれるままにアカウントを作ってみた。それからインターネットの情報の波に飲み込まれるまで、さほど時間はかからなかった。女の閲覧履歴は、洋服屋のセール、新作映画の封切りのお知らせ、中華レストランのメニュー、小学校のバザーへの協力依頼など、一見して日常の一コマといえるものばかりだ。それらはすべて、この町にはなくなったが、向こう側の町には当たり前のようにあるものだった。

こうして、女がダイレクトに情報の波に巻き込まれるのに、さほど時間はかからなかった。

「My Life」の中にいるのは、とても楽しい。そこには、現実世界では手に入らなくなったものが溢れている。携帯電話の小さな画面に次から次へと表示される新しい情報や画像に浸っているだけで、女は充たされていた。

「My Life」のアカウントを作って間もなく、ある礼拝所からメッセージが届いた。

「寄付のお願いです」

寄付などする余裕があるはずもなく、無視し続けていると、またメッセージが届いた。

「お志であなたをあちらの世界へ導きます」

この地区の人道的危機と援助の必要性を訴えて、国境越えの手助けを申し出ている人たちがいることは、女も知っていた。そのメッセージであることに気づくのに、少し時間がかかった。彼らは、「My Life」の投稿やメッセージで、「寄付」を「越境」を意味する隠語として使っている。

越境は重罪で、報復措置の理由にもされかねない。手助けした人も拘束される。彼らは当局の目を逃れるため、拠点を転々としている。そのため、彼らの方から住民に近づくことにしている。例えば、今月は牛乳を配りに各地を回っているので、寄付(越境)希望者は「寄付をしたい」と声をかけてほしい、いくばくかの「寄付金」をもらえればその「志」を叶えることができる、と。

女は、彼らが何者なのか、はっきりとは知らなかったが、「My Life」そのものなのではないか、とも考えていた。「My Life」はスポンサーのない、いわばチャリティ事業のようなものだと知っていたからだ。だが彼らの素性がどうあれ、女にとっては、彼らの申し出は崇高なものでしかなかった。

女は、たたみかけるように、メッセージに返信した。どこに行けばあなたたちに会えるのか、どうやって寄付するのか、何を持っていけばいいのか……。メッセージの相手は、女の質問に一つひとつ、だが曖昧に答えた。焦らないで下さい、我慢強く待つことが大切です、心の準備を忘れずに……。

【前回の記事を読む】【小説】「『本物のコミュニケーション』なんて、ファンタジーね」