Wish You Were Here
午後一時四十三分、パレスチナ・ガザ地区。土がむき出しの埃っぽい道が広がり、古いコンクリートの建物がひしめいている。緑の葉を湛えた木や色鮮やかな草花は見あたらない。町全体が煤けている。その中心部からやや外れた場所に、灰色のコンクリートのアパートがある。
ところどころ崩れて壁の中の梁が露出しているが、八階まである窓と、干されている衣服や布のようなもので、まだアパートの体を成している。デリーの男のイチジクの投稿と「Wish You Were Here」に最初に気づいたのは、このアパートの八階の一室にいる女だった。栗色の髪は背中一面を覆い、くたびれたグレーのシャツの袖からのぞく腕は細く、携帯電話の画面を操作する手には骨が浮かび上がっている。
部屋の外では、日差しが容赦なく辺りを照らしている。だがこの部屋の窓やカーテンは閉め切られており、明かりも点いていない。先週まで灯火管制が行われており、夜は完全に閉め切らなければならなかった。灯火管制が解除された後も、灯火の必要のない昼間も、朝も、女は部屋を閉め切っていた。
女の身体は現実世界にあるが、それは抜け殻で、意識は携帯電話の中、「My Life」の中にあった。
携帯電話の画面には、イチジクの断面が写っている。人間の内臓のようなグロテスクな果物は、この地区から多くの命を奪っていく「向こう側」の町の象徴のように思えた。しかも、この「wYwh」を投稿したのは、プロフィールのユダヤ風の名前からすると、向こう側の町出身の人ではないか。女はふとそんなことを思った。デリーの男が別人のアカウントを使っていることは知らない。
女は、新しいメッセージが届いていないか、三分ごとにチェックする。もう五日もメッセージは届いていないが、気にしない。いつか来るはずだから。女の携帯電話は色がはげかかり、たくさんの傷があるものの、画面は依然鮮やかな色彩を映し出していた。
三か月前、この町の反対側に住む叔母から譲ってもらったものだ。女の住むガザ地区を包囲しているイスラエル軍が、ガザに潜伏する武装組織への攻撃として、散発的な爆撃を行った頃だ。そのうちの一発が女のアパートの近くに落ちた。辺りの建物は吹っ飛び、幼稚園と小学校ががれきと化して、多くの死者が出た。女の五歳の一人娘も死んだ。
衝突が止んで女が駆けつけた時、娘はすでに白い布で包まれており、布に滲んだ血が一層死を際立たせた。女は布を取ろうとしたが、きれいな顔の娘さんを覚えておきなさい、と周囲の人々に止められた。女は血の気を失ったが、涙は流れなかった。
娘を墓に葬った後、叔母が訪ねてきて、携帯電話を手渡してきた。これで気を紛らわしなさい、生きていかないといけないんだから、と。