回顧する。

たどり着きたい境地があった。道を切り開く意地があった。あの頃、この命はそれに捧げられていたはずだった。深い森の奥で、湖に映る己の姿を眺める。紛うことなき虎の姿が、そこにはあった。

己はただ己のためだけに生きてきた。いつからか、目指していたはずの道などとうに消え去り、どこへ向かおうとしているのかさえわからなくなっていた。

けれどそれでも、プライドに(まみ)れてしまった己は孤独よりも孤高を選んだ。だから、これは必然なのだ。己の姿が虎になったところで、何の不思議もありはしなかった。悲しみはない。こんな姿になってまで自我が残っていることに自嘲の笑みすら浮かんできそうだ。

いっそこのまま眼前の湖に飛び込んで、自害でもするべきだろうか。いや、それすらも己には為せない。未だ道の途中。死の先に求めるものがないことは明白である。

……ではどうしたものか。再び湖面を眺める。どこへもたどり着けない己を、己が嘲笑っている。ピシャリ、と前足で水面を叩きつける。湖面を揺らして、己の姿が掻き消えた。

ガサリ、と背後の茂みが音を立てる。獲物の気配を感じて振り向くと、女が立っている。

白を基調とした浴衣のところどころで金魚が泳いでおり、黒い帯がその金魚を捕まえようと追い立てているように見える。

「お前さんは、本当に面白い男だな」

くすくすと笑う彼女が顔を伏せた際に白いうなじが目に映る。はて、と思うがすぐに合点がいく。長い髪を頭の高いところで編み込んだために、露出した白いうなじが木漏れ日を浴びて、仄かに浮かび上がっているのだ。

「お前も大概じゃないか」

普段とは違う髪型と服装を揶揄(やゆ)しながら、彼女に擦り寄り、その手を舐める。化粧と汗の交じり合った、食欲をそそる味が、己の唾液を通して口中に広がる。

「ふふっ、久しぶりにお前さんに会うのだ。洒落た格好をしても罰は当たるまい」

愛くるしいだろう? そう言って彼女が己の首筋を、頭を撫でた。

「それで、その姿は一体どうしたことだ?」

「これは……」

言いかけてやめる。言わずとも、どうせ彼女は全てを知っている。

「たまにはこうして、言葉を交わすのも悪くはないだろう?」

彼女の細い指が己の口の中に入ってきて、ニーっとするように唇を引っ張った。牙を露出させられて、思わずグルゥと呻きが漏れる。