「なくなってしまった。目指した場所も、歩むべき道も、自らの信念を曲げて進んでいくうちに、全て失ってしまった。……そうして己を虎たらしめるプライドだけが残ってしまった」
何もない、そうつぶやく己に、
「では、死んでみるか?」
女の目が怪しく光る。
「それも悪くない」
咄嗟にそうつぶやいてしまったものの、それが嘘であることは自明であった。
「けれど己は未だ、どこにもたどり着けてはいない。お前にすら、届いてはいない」
白の浴衣に己の身体を擦り付ける。惨めな己に涙が出てくる。
「いつか、己の精神が摩耗し尽くして、狂う時が来たら……その時は……」
お前と……そう言おうとする己の首周りを彼女が抱いた。甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
「気づいちゃいないかもしれないが、お前さんは既に正気などではないのだよ。お前さんの為そうとしたことも、為そうとしていることも、私を愛したことも。どれをとっても気の違った人間のそれだ」
ひょこひょこと、彼女の言葉に合わせて、彼女の頭に載っている金色の獣耳が揺れる。
「だから、お前さんは狂えない。永遠にな」
女の言葉が己の心を抉る。
「悩め。人間は自由だ。耐えられなくなったのなら、道も、私も、捨ててしまえばいい」