太陽と鳥と
……彼の全てが欲しい。
黒い感情が私を支配した。くるりと矢を回転させ、彼に向かって投げ返す。それは未だ矢を放ったままの体勢にある彼の喉に命中する。
その衝撃のまま、男は仰向けに倒れた。研ぎ澄まされた意識が、やたら緩慢にその光景を見せるものだから、否が応にも自らの感情に気づかされてしまう。
私には、この世界を統べる女王としての責務がある……。
あったはずだった。少なくとも、喉に矢を受けて血を流している彼を目の前にするまでは。
(どうしてこんなことに……)
――どうしてこんなことに? それは彼の射た矢を、そのまま彼に射返した私の言うことか?
彼を殺したのは紛れもなく私だ。原因も結果も、全てが私にある。
愛しい男を抱きしめようと近づいたが、矢は喉を貫通しており既に虫の息。口から血液を溢れさせながらも、かろうじて細い息はしているが、目の焦点はどこにも合っていない。
大声で名前を呼びかける。トクトクと、喉元の傷口から血が溢れてくる。抱きしめて、手を握り、額に額をあてる。
帰って来い。私はここにいるぞ。
私の祈りも虚しく、やがてその瞳は何も映さなくなり、吹き出す血液の勢いが弱くなる。叫ぶ。叫ぶ。もう一度私を見てくれと、彼の名を叫ぶ。もはやそれは絶叫に近い。
――あぁ、そうか。そうだったのだ。気づいてしまった。もうこの世界は私にとって何の価値をも持たない。私の世界はこの子の生きる世界にしかなく、それほどまでに私はこの子を求めていた。
――奪われればよかった?
そうだ。私は何もかもを捨てて、彼に奪われてしまいたかったのだ。声にならない声が漏れる。今更そんなことに気づくだなんて……遅すぎる。
キィキィと、か細い音が私の耳に入る。私の喘ぎだ。この子をひとりにはしておけない。私の大切な人なのだ。壊さなければ……壊さなければ……。この子が望むままに、私たちが幸せになれる世界を作らなければ……。
弟のような、息子のような、恋人のような、私の大切なひと。
本当に本当よ。私は、何よりもあなたを愛しているわ。だからどうか……。
「王座など、欲しい者にくれてやる」
野心を持つものは多い。私などいなくとも、国は誰かが上手く治めるだろう。
いや、彼をそそのかして私に差し向けた黒幕であれば、きっと既にその手はずを整えていることだろう。そのことが、最後の踏ん切りを私につけさせる。私は、彼のために生きよう。
いっそう強く彼を抱きしめると、背中に激痛が走った。驚き振り向くと、そこには彼の弓を携えた女が立っていた。
「お前は……」
彼の従者にと、あてがった侍女であった。
目の端に、私の背に突き立った矢が見える。男の喉元を射たものと同じ装飾だ。
……私は、射たれたのか。ではこの状況はこの女が? 彼女が彼をそそのかしたのか?
トクトクと、背中から熱い雫が零れていくのを感じる。いや、彼女がそそのかしたとは考えられない。女の目は野心に染まってはいない。どちらかというと、それはまるで、優しさのようで……。
いや、そんなことはいい。これでやっと。……これでやっと? 私は今、何を考えていた?