「これでやっと」

侍女がまるで私の思考を読んでいるかのように口を開く。

「これでやっと、あなたは彼と対等になった」

……そうだ。私は死を前にして、初めて彼と対等になる。既に事切れた彼の頬を撫でる。どちらのものとも知れぬ血液が、彼の顔にべったりと付着する。胸に様々な感情が去来するが、黒い悦楽が勝っている。もう彼は動かない。それならばせめて……せめて彼の望むままに、私の欲しいままに、全てを捨てて彼のものになろう。

――全てを私のものにしてやろう。

未だ流れ続ける血液に口をつける。鉄の味が口の中いっぱいに広がった。

そのまま、首筋の肉を噛みちぎり、咀嚼する。渡すものか。渡すものか。誰にも彼を渡すものか。

愛しいお前を、土になど還してやるものか。血の一滴、骨の髄に至るまで、お前は全部、私のものにならなければならぬ。その感情こそが初めて手に入れた愛であると信じて、女王は亡骸を喰らう。

血を(こぼ)さず、骨を残さず、亡骸を喰らう。狂ったように、狂ったように。キィキィ。息を押し殺し、まるで泣いているような吐息とともに。

「お幸せに」

とても悲しそうな声が、背後から聞こえた。もはやそれが誰だったか思い出すことも叶わないが、それでもいい。

今はただ、愛した男と添い遂げるだけだ。キィキィ。女王の間に、か細い声が厳かに響き渡る。

やがて全てを咀嚼し尽くした時、女は姿かたちを変えていた。神の怒りに触れたためか、人としての道を外れたためか、女はキィと悲しげに鳴く雉になる。永遠の生をただひとり。亡くした男の死を嘆く鳥になった。

【前回の記事を読む】【掌編小説】これは太古より語り継がれる物語。太陽に恋をした男と、その顛末。