【前回の記事を読む】「貪欲に、獣のように、愛し合おう」満たされぬ感情に涙して…
太陽と鳥と
かつて、見渡す限りの大空を支配した女王がいた。冷徹で厳格で、およそ慈悲という言葉の似合わぬ女であった。陰謀渦巻く宮中において、彼女は自らの国のためにそうあろうとした。敬意と畏怖を込めて、人々は彼女を『太陽』と呼んだ。
これは太古より語り継がれる物語。太陽に恋をした男と、その顛末。
鶏が太陽に憧れて鬨の声を上げるように、王座に向けて叛逆者たる男が吠える。そこに座るは太陽とすら呼ばれた女王。数百年の時を経てもなお色褪せぬ美しさは、どこか冷酷な恐ろしさを孕んでいる。裏切り者を見るその目は今や怒りに打ち震えている。
叛逆を企てた時から女王の激情に駆られた眼光を身に受けることは覚悟していた。けれども畏怖の念を禁じ得ず、男の喉がごくりと鳴る。
血濡れた抜き身の剣は部屋に差し込む燃える朝陽を浴びて更に濃厚な赤に彩られる。恐らく見張りの兵を殺めてきたのだろう。服にも顔にも返り血を浴びていて、叛逆の意思を明確に示している。
男は彼女が手ずから育てた、成人したての若い武将であった。まだあどけなさの残る顔には焦りと恐れと……そして決意が見られた。
一体どうしてこのようなことになってしまったのか……。
女王はこの若い男に愛着があった。誰にも心を許すことのできない状況において、彼だけが癒しであった。その成長こそ悦びであった。しかれど、その愛着が仇になったということか。自らの側近たる彼には、夜明け前ひとりになった彼女に刃を向けることは容易なことであったのだ。しかし、なぜ……。
動揺と悲しみが冷酷な女王の瞳を揺らす。けれどだからといって、降伏することはできない。それは女王としての、国を背負う者としての責務であった。
誰かにそそのかされたのであれば、今ならまだ後戻りはできる。慈悲とはおよそ程遠い位置にいる女が、慈悲の心でもってそう告げた。
「いいえ、輝ける太陽の女王……」
震える声でもって男が恭しく応える。
「あなたを奪いに参りました」
厳かに、そう告げる。
「私から国を奪うのではなくて?」
つい笑ってしまう。これが冗談であればいいのに、どこかでそう願いながら……。
「あなた以外は、いらない」
あぁ、それではまるで求婚の言葉のようではないか。手ずから育てた男にそこまで求められて、嬉しくないはずがない。けれどもこの身は国に捧げているから、その言葉に応えることはできない。