【前回の記事を読む】【小説】「約束通り、お前は私のものだ」…
孤蝶
夢……。滑るように口をついた、今しがたの己の言葉を思い出す。己は、一体どのような夢を見ていたのか。そもそも夢など見ていたのか。――胡蝶の夢。古い言葉が頭に浮かび上がる。現実と夢の違いなど、一体誰に理解できようか。
「ええ、これこそが夢の方」
ドキリとして彼女と目を合わせる。パチパチと燃え盛る火に照らされたその姿はとても幻視的で、(……あぁこれは夢なのか)と納得させられるだけのものがあった。そうであるならば……。そうであるならば、我らはまた別れねばならぬ。いつ目が覚めるともしれぬ、この刹那が悲しくてならない。
「そう悲しむな。お前さんが求めてくれるのならば、私はいつだって会いに来る。けれども、お前さんからでなければならぬ」
己からでなければならぬ、と彼女は言う。まったくもって意地の悪い話だ。それでいて律義な女だとも思う。そんないじらしく不器用なところが、どうしようもなく愛おしくてしかたがない。
「己はいつだってお前を求めている。会いたいと思っているさ」
「夢に見るほどに、か」
目を細めて彼女がくすりと笑う。
「私は、嬉しかったのだよ。お前さんの言葉、お前さんの想いが。たとえそれが一時の気の迷いだったとしても構わぬ。お前さんが飽くまで、私を愛してくれればそれでよい」
己の首の後ろに手をかけ、女が上体を起こす。見つめ合ったままその距離は近づいていき、やがてギリギリのところで止まる。この行為ですら彼女はまるで「最後はお前さんが決めろ」とでも言うかのように、妖艶に微笑んでいる。
「そうやってお前さんはすぐに難しいことを考える。今はこうして、何も考えなくともよいであろう」
女の手に力がかかると、彼女の顔が更に近づいてくる。その身体を抱き起こすようにしつつ、己は女の柔らかい唇を味わう。幽かに漏れる吐息にドクンと心臓が高鳴る。強く肩を抱き寄せて、柔らかな肉体を密着させる。彼女の味が、匂いが口中に広がっていく。夢の中であろうが記憶と一切違わない、懐かしい味だった。舌を交わす。吐息を交わす。溢れる愛おしさにどうにかなってしまいそうだ。ああ、そうだ。己は彼女のことを愛している。それは夢でも幻でもない。確かな感情だ。
「なぁ、お前さん。あの日のことを覚えているか?」