【前回の記事を読む】お婆さんは「江戸時代の日本」にいた?…衝撃の会話
一、必然
老婆は純一の問いには答えず、相変わらず微笑みながら福々しいシワをみせている。
「わかった、からかっているんでしょ。きっと、映画村の撮影セットの中で、だんごを売っていたとか」
「いいえ……。信じるも信じないも真下純一さん次第」
(えっ!? なぜだ! どういうこと!!)
純一は、記憶を急いで巻き戻したが、自分の名前を老婆に語った記憶が出てこない。
「旦那さん、私の前で足を止めたのはあんたが初めてじゃよ。ほかの人は触らぬ神に祟りなしと、今の日本人丸出しだったよ。だが、あんたは違う。そうじゃ! これもなにかの縁じゃ、ひとつ花を差しあげましょう」
純一は手を団扇のように動かし、「いやいや、僕にはこんなきれいな花、似合いませんから」と、そっと足を引く。
「おや? それはおかしいのぉ。じゃあなぜ、私みたいな老いぼれの前で足を止めたんじゃ?」
返答に困った。というより自分でも正直、わからなかった。
「なんじゃわからんのか、仕方ないのぉ。それはな、あっけなく終わる一日に辟易しているとき、見慣れた帰り道に奇妙な老婆がいたもんだから、それが新鮮で興味をそそられたからだ。じゃろ」
純一は〈覗かれた〉と一瞬思ったと同時に、己にも問うてみたかった。
老婆の言葉が不正解ではなかったから。