五、鬼

「あなたっ、大変、大変よ! 早く起きて、大事件!」

純一はリビングから聞こえてくる常軌を逸した金切り声で目が覚めた。リビングに行くと、里美がテレビを指差し、「ほらっ、あそこよ! あそこが映っている」と、恐ろしそうでいて、どこか嬉しそうにテレビを凝視している。

「なになに、どうしたの朝っぱらから?」

「駅前の暴力団が全滅だって」

「えぇっ! マジか」

〈警視庁の調べによりますと昨夜零時半頃、指定暴力団()()(うら)組傘下の事務所内で、なんらかのトラブルから拳銃での撃ち合いが始まり、三十三人の全組員が死亡した模様です。近隣住民には被害はありませんでした〉

「いやぁ、恐ろしいな。あとでここの前を通ってみようかな」

「やめときなさいよ、どうせ通行止めよ」

「でも、今まで恐ろしくて通らなかったけど、あそこを通ると駅への近道なんだよ。あいつらのおかげで、みんな遠回りしていたんだから。あそこの極道は筋が通らないことばっかりやっていたからな、きっと天罰がくだったんだ」

「ツイッターで話題になってるよ。最後に死んだ組員が警官に言った『体が勝手に動いた、白い死神が来た!』がトレンド一位だって」

(死神? 神? まさかなぁ、あのお婆さんが……)

「でも夜中でよかったわ、流れ弾にあたった人がいなくて。この人たちは一般市民のことを考えないのかしら?」

「考えやしないよ。こいつら自分に関係のないものはみんな風景だからな」

「それにしても三十三人なんてすごいよね。この人たちもどんなに粋がっていても、死んじゃったらおしまいよね。なにが起こるかわからないわね、あー怖い」

里美はエプロンを「ポン」と叩き、テレビの前から(きびす)を返し、キッチンへ戻って行く。同時に、先に家を出た優子が急いで戻ってきた。

「マスク忘れたー。これがないと帰りにスタバに入れない」

「別に入ればいいじゃん」

純一が言うと、優子はその声のトーンが嫌だったのか、話しかけられたこと自体が嫌だったのか、自分の青春時代を理解しようとしない無神経さが嫌だったのか、一瞬で仏頂面になった。

「だめなの! まわりの目が非国民って言ってるのがわかるんだよ! それくらいわかりなよ! 不便な時代で損した気分。いつまでSDやるつもりかね」

「SD? カード?」

「ソーシャルディスタンスだよ! いちいち話しかけないでよ!」

優子は純一を毛嫌いするように言うと、ダイニングテーブル上のマスクを鷲づかみにし飛ぶように家を出て行った。