【前回の記事を読む】初デートで照れながら、彼女から視線をそらすと、ミラー越しに彼女のおじいちゃんと目が合った。

第五章「居場所」

むしろいつだって優しい笑顔を向けて、僕のことを気遣ってくれるのは彼女の方だ。このオープンキャンパスに誘ってくれたのだって、僕が進路をなかなか決めらず悩んでいたからだということも気づいている。隼人には鈍いと言われるが、そのくらいのことは気づけるくらいには大人になった。

二人で学部説明を一通り聞いて、在校生たちとの座談会と体験授業に参加して、とても刺激を受けた一日だったけど、穏やかな時間が流れていた。

「黒田くん、今日は無理言って付き合わせちゃってごめんね」

帰りの電車で隣に座っている雪野さんは少し不安そうな声で言った。

「無理にだなんて、全然そんなことないよ」

「本当?」

「本当に本当。大学の授業にすごく興味を持ったし、在校生たちもみんな大学生活が楽しそうだったし、僕もこの大学を受けることにしたよ」

「──本当に?」

先ほどとは違う明るいトーンで聞き返す。

「この半年くらい何を目的に勉強をしているんだろうって思うことが多かったんだ。でも今日参加して、ここでならやりたいことが見つかりそうな気がしたんだ。だから誘ってくれて本当にありがとう」

「それならよかった」

「雪野さんは? 第一志望って言っていたけど、実際に来てみてどうだった?」

「うん、私もここがいいなって思った」

先ほどもらった学校紹介のパンフレットを胸にぎゅっと抱き寄せながら彼女は微笑む。

「そっか。雪野さんと一緒に通えたら楽しいだろうな」

それは僕の心からの言葉だった。雪野さんのおじいちゃんから、一緒にいてあげてほしいと言われたのは関係ない。彼女との穏やかな時間を過ごすのはとても心地よかった。

今日だけではなく、中学生のころから少しずつだけど、そう感じるようになっていったんだろう。みんなの輪の中に入ってどちらかといえば騒がしい僕と、物静かで凛とした雰囲気の雪野さん。

不釣り合いに見えるかもしれないけど、彼女の穏やかで温かい雰囲気に僕は安心するし、きっと彼女も僕に対して何かしらそういう空気を感じているから一緒にいてくれるんだと思う。

「私もそう思う。受験勉強、一緒に頑張ろうね」

「うん、これからが大変だね」

ここで大丈夫という雪野さんの申し出を断って、最寄り駅まで送ってその日は別れた。緊張もあって家に着いたころにはくたくただったけど、自然とやる気が湧いてくる。雪野さんにお礼のメールを送ったあと、さっそく机に向かってテキストに目を通す。

目的ができると人はこうもモチベーションが上がるのかと、自分の気持ちの変化に驚いた。受験まではあと四か月。

 

心地よい春の風を感じながら、少しひんやりとしたコンクリートに寝そべる。経済学部と文学部、教育学部が入るB棟をひたすら奥に進み、突き当たりの角を曲がると、屋上へ続く階段がある。

購買でコーヒーとサンドイッチを買って、この屋上でお昼を過ごすのが僕の日課になっている。かなり奥まった階段からしか来られないから、知る人ぞ知る穴場といったところだ。

僕も去年の秋に先輩から教えてもらうまで、この場所の存在を知らなかったくらいだ。みんなと一緒にいる時間も楽しいけど、こうして人がいない場所で静かに過ごすのはまた違った安らぎのひとときだ。