【前回の記事を読む】【小説】「……ほう、よく気づいたな……」漆黒の闇からガマガエル男が襲いかかってくる
与えられたミッション
右手で男のナイフを受けた瞬間、恭子の左手が横に薙いだ。ガマガエルは飛び退いた。
「ほう、二刀流か。訓練生と思って油断したわ……」
男の迷彩服の腹部が裂けていた。恭子の左手には、もう一本ナイフが。
楽しい。訓練では味わえない高揚感に、恭子は歓喜していた。訓練では、相手を殺す事が出来ない。よって、ある程度感情をコントロールしながらでしか出来ない。しかし今は違う。感情を解放出来る。普段抑圧しなければならぬ感情に捕らわれる事が、無い。
男が突進してきた。男のナイフを受け、逆の手のナイフで攻撃する。その切っ先も相手の皮膚を裂いた。身体が、思うように、動く。ダンスを踊る様に、自分の身体が、舞う。その度に、相手の肉を切り裂く感触が、手応えが、ある。
しかし、男は劣勢にもかかわらず、突進を止めない。
「無駄だ。俺の躰に傷を付ければ付ける程、俺の攻撃力は上がる」
男の言葉には、嘲笑が含まれていた。
恭子は男の身体に再び刃を向けた。その瞬間、あらぬ方向から何かが恭子の方へ伸びてきた。恭子は身体を翻したが、脇腹に熱さを覚えた。旋回しながら、後方へと引き下がる。
男に視線を向けると、腹部の傷口から粘液まみれの触手が伸びているのが見えた。その触手の先には、顎が――。
手で押さえた脇腹の傷からは、温かい血が流れ出ていた。
「これは、俺が体内に飼っている『蟲』だ。ここからが本番だ」
男は跳躍した。無数の触手が、鋼色した牙を剥き出しにして、恭子に迫った。 嵐のような牙の疾風が駆け抜け、一撃で恭子の衣服も皮膚も裂け、血飛沫が舞った。
「蟲」には直接触れる事が出来たため、触れると同時に生命エネルギーを奪う事により、身体の急所部に向かってきた蟲は撃退した。直撃は避けたものの、ダメージは大きい。
触手が男の方に戻る。
「数匹やられたようだが、蟲は無限に居るぞ」
言葉通り、項垂れた触手がズルリと男の傷口から抜け落ち、新たな蟲が牙を剝き現れてきた。無数の触手が、男の身体から四方へと、ウネウネとうねっている。その様はまるで、海中を漂うクラゲの様だ。
「洗脳して、我が国の立派な戦士に育て上げてやる。喜べ」
男は勝ち誇った声を上げた。
しかし、恭子は微動だにしなかった。立ちすくんだまま、下を向いている。口元が歪む。口角が上がり、笑みとなる。久しぶりに、感情を解放出来ている感覚に、痛みなど感じないようだ。
恭子はナイフを捨てた。