覚醒

国家機密局。

その機関は、国内外のあらゆる国家危機を回避・撲滅するために超法規的権限を与えられた防衛省内の秘密機関だ。国外の諜報機関とも連携が取られ、情報収集と戦闘のプロが集められている。日夜、国家の安全と平和のため、各省庁から、また全国からエリートが集められていた。

その局内にある、機密本部部長室の扉を叩く者がいた。

「入れ」

「はッ!」

扉を開けて入ってきたのは、スーツ姿の若い青年だった。

()(とう)(たける)隊員」

「はッ」

佐藤猛と呼ばれた隊員は(きびす)を鳴らし、背筋を伸ばして敬礼した。

「彼女が今日からお前の相棒だ。色々教えてやれ」

そこで初めて猛は、壁際に立っている人影を見た。そこには、()えない女が立っていた。あまりの存在感の無さに、今までその女に気づかなかった。

猛は呆然と、黒いスーツ姿の女を見つめる。スーツは明らかにリクルートスーツだ。かなり若い女性、しかも()い言い方をすればスレンダーだが、とても実践には向かなそうな体型だ。

長い髪をきつく後ろに縛っているが、美容院にも行っていないのか、ほつれた髪がくたびれた主婦の様な印象を与える。何よりも、その顔に生気が感じられない。黒く太いフレームの眼鏡を掛け、化粧もしていない。よく見れば、ストッキングも履いていない。潰れかけの町工場で、年老いた作業員に囲まれて働く事務員の様だ。

それ以前に自分は最前線に出る戦闘員だ。諜報部や事務職に女性が配属される事はあるが、かなり危険な任務を担う戦闘部員に、女性が配属された事はこれまでに無い。対人戦では体格差が勝敗を決する為だ。

ゆっくりと前に向き直り、手を下ろす。

「部長……女ですが……?」

「そうだ」

「待って下さい、本部長」

「早速だが、任務だ」

本部長は耳を貸さない。

「機密文書が盗まれた。犯人は新宿のホテルにいる。取り返して来い」

「ちょっと、部長!」

「以上だ。後は指令書に詳しく書いてある」

女が差し出された指令書を受け取り、(きびす)を返してドアへと向かった。猛は女とはすれ違い、部長へと詰め寄った。

五月蠅(うるさ)い! 上からの命令だ」

「だからって、何故俺なんです!」

女は、二人の言い争いを背後に聞きながら、静かに部屋を出た。