覚醒

恭子は自分の机だとあてがわれたデスクの前に座って、荷物を整理していた。その時、部屋に猛が現れた。

猛は恭子の隣の席だ。

「お疲れ――」

猛は部屋の全員に声を掛け、恭子の側に近づいてきた。

「館内を案内してやろうか?」

猛が話しかけてきた。

「結構です」

「そうか、昼飯はどうする?」

「任務以外で、私に話しかけないで下さい」

「なんだ? 冷てえなぁ。じゃあ書式を置いとくから、今日の報告書、書いといてくれ」

そう言うと、猛は立ち去っていった。

恭子は書式を手に取りノートパソコンを起動させる。

自分の態度が冷めたモノであるということは自覚している。自分に関わる人間は不幸になる。それなら最初から、人との関わりを捨ててしまえばいい。そんな過去の経験が、他人への対応に、自然と壁を作っていた。

恭子は、報告書作りに取りかかった。

「ちょっと」

きつめの顔をした女性が話しかけてきた。首から下げているIDには加藤と書いてある。腕を組んで仁王立ちだ。

「何よあの態度。猛が優しいから、図に乗ってるんでしょう。自覚が無いようだけど、あなた、此処では新人なのよ?」

恭子が無視してパソコンに向かっていると、女は続けた。

「此処はね。各省庁からのエリートが集められた国家の秘密部署なの。その中でも猛はリーダーとしてのカリスマ性もある、将来の幹部候補なのよ?」

この女は猛のことが好きなのかもしれない。恭子は振り向きもしなかった。

「知ってるわよ。あなた、自分で志願して日本国非公認の戦闘員として国外の戦場にいたんですってね。ずいぶん敵を殺したそうね。死神という仇名がつけられていたとか?」

恭子が無視し続けていると、女は沈黙にリズムを崩されたのか、「フンッ」と言って去って行った。

これまでは彼女の言う通り、戦場の中を駆け巡り、人間関係などとは無関係の生活を送ってきていた。

敵を倒す。

これさえ出来れば、男も女も関係無い。皆に認められていた。

日本が要請を受けて派遣したのでは無く外人部隊に所属するという形を取っていたのも、政府の立場、要はこの案件に日本は関与していないという対外的な理由もあるが、自分のやり方に制限を加えられたくなかったせいもある。公認になると、先に攻撃をしてはならないだとか何かと面倒だ。敵は待ってはくれない。死んでも関与しないが、一切制限が無い。その方がよかった。

当初の任務を果たしたため日本に帰ってきたが、失敗だったのだろうか。平和な日本では、自分の居場所が無いのでは?

報告書は、なかなか進まなかった。