【前回の記事を読む】「父親は僕をどこから持ってきたのだ」双子との最悪な出会い
双頭の鷲は啼いたか
「二〇一四年四月にアメリカの科学者の中で初めてES細胞の作製に成功したのは知っているな。その学者がそのDNAを卵細胞に注入したあと、細胞分裂に成功したとも発表されている」
「もちろん、日本では二〇〇〇年にヒトに関するクローン技術等の規制法ができていることもね」
武史の顔色を見ながら父は両手を固く組んで重い口を開いた。
「だが、一八九一年に生物学者、ハンス・ドリーシュはウニでクローンを作り出す実験に成功していた。ごく秘密裏に実験は日本でもされていた。だが、それを発表することはしなかった。成功したのかしなかったのか、それが問題なのではない。倫理上そこには足を踏み込むべきではないと暗黙の中で感じていたからだ。イタリアでは二〇二〇年にクローン人間の着床に成功したとも発表して物議を醸した。
だが、私はお前と同じくらいの年代にどうしても日本でもそれが不妊で悩むカップルのためにならないかと考えて研究を重ねていた。体外受精の時にたまたま偶然、私は思いついてしまった。冷凍受精卵をガラス棒でこすったら、卵細胞の外壁が薄くなり、分裂してしまったのだ。そう、これは一卵性双生児であるとともに、クローンなのではないかと。その研究をしていたことは、もちろん秘密で、その記録はどこにもないし、それを知る者はみんな表には出すことはない。しかし」
「しかし、実際にクローン人間は誕生したと。それが僕とタケルってことか」
武史はとても混乱していた。単なる双子ではない。クローン人間だなんて。父の話は理解できた。なのに、なぜ、その実験の産物が自分である必要があるのだ。頭を掻きむしりそうになったが、その怒りをどうにか抑え込んだ。体中の血液が沸騰しそうだった。怒り、虚しさ、言いようのない嫌悪感が内向きに自分を刺した。
「……私たち夫婦も不妊で私は無精子症、お前のお母さんも卵管閉鎖症で。でもどうしても子供が欲しいと彼女は悩んでいたのだ」
父はしばらく黙った。武史の顔を直視せずに自分の後ろの窓から見える風景に視線を向けた。
「秘密の実験だった。自分の子供として育ててきた。自分の妻を実験台に、最低だ」
武史はあくまでも冷静に言葉を口にした。まっすぐに父の背中に向けられた視線は射るようでもあった。
「その時に看護師として働いていた女性がタケルの母だ。結婚してすぐにご主人が工事現場で亡くなり子供が欲しいと懇願されていたから、その半分に分かれた卵子を彼女の子宮に移したら運よく着床した。彼女は私の研究はクローンではなく体外受精だと思っていたから」
「どれも、これもダメなことだらけじゃないか。どこにも医師としての倫理観なんかない」
武史は話しているうちに頭がおかしくなりそうだった。(こいつは何を言っている。神にでもなったつもりか)