【前回の記事を読む】天才的な医師の知られざる苦悩…「俺は1人で生きていくんだ」

双頭の鷲は啼いたか

一週間後、友人広瀬は携帯で今から行くと連絡してきた。夜遅く、書類をファイルに入れて複雑な表情を浮かべて武史の個室にやって来た。三日と言ったくせに遅いじゃないか。どうしたのかと少し心配していた。教授連中に見つかったのではないかと気が揉めた。本来私的にこんな鑑定などすることはやってはいけない。もし見つかれば何らかの処分があるかもしれない。

「申し訳ないな、広瀬。どうだった?」

「武史、これは誰だ? 分かっていて鑑定に出したのか?」

珍しく広瀬は困惑の表情を浮かべて立ち尽くしていた。

「まあ、そう急ぐなよ。見せてくれないか」

差し出されたファイルを受け取った。こういうものはデータとしてメモリーにして広瀬はいつもくれる。パソコンに差し込んだが全くすべてにおいて二人は同じ軌跡を見せていた。ここまでの完全な一致? こんなもの見たことはないと武史は混乱した。

「一人は武史だろう、この前の親子鑑定を見直したよ。もう一人は?」

「それはさすがにお前にも言えない」

「お父さんに隠し子がいたのか。双子じゃないか。完全にDNAが一致している」

広瀬は完全という部分に少しの戸惑いを匂わせた。彼は専門が遺伝子治療の領域だった。

「そうじゃないかと思っていたよ」

「お前は双子の一人だ。だが、兄弟が何処かに養子に出されなくちゃならない理由なんてあるのか? こんな大病院の跡取りが二人いても何ら問題ないじゃないか」

「だよな、そう思うよな。僕も不思議だ」

「分からないよ、お金持ちの考えることなんて」

広瀬は完璧なDNAの遺伝子情報が一致していることに触れずに 、話の論点を他にもっていった。

「取返しがつかないよ、出会ってしまったんだ。最悪のタイミングだな」

「これ以上、武史を傷つけたくない。帰るわ、心配だけど」

広瀬は言葉を選んでいたのだろう、ゆっくりと後ろを向いた。

「うん、ありがとう。いつも厄介なことを頼んですまない。感謝しているよ」

「リハビリ頑張って。早く僕をこの病院へ呼んでくれないか」

横顔は悲しげだった。

「うん、もう退屈でしょうがない」

無理に笑顔を作る弱気な武史を知るのは広瀬だけだった。

「でも無理するなよ」

広瀬は武史の肩に手を置いた。広瀬の言葉に胸が熱くなる、中学の頃からの友人は彼だけだが、性格の悪い自分なんかと友達でいてくれる、そんな広瀬があのタケルという同じ顔の青年よりも大事だった。実の親もどこの誰だか分からない。それを知っていて自分を思いやってくれる広瀬に感謝した。

「お前だけだよ、いつまでもこんな俺を友達だと思ってくれるのは」

武史は去っていく広瀬の背中に心の中でそう投げかけた。両親の遺伝子を持たないうえに、完全な同一DNAを持つ自分以外の存在、これはまさか、父親は僕をどこから持ってきたのだと武史は激しい動悸を抑えた。広瀬は軽く左手を挙げて、後ろを向いたまま廊下を歩いて立ち去った。武史には言わなかったが、何かを感じていたはずだ。