武史は自宅に戻らず、病院長室にいるであろう父親の所へ松葉杖を持たずに歩いて行った。歩けないわけではなかったからだ。少し足を引きずるかたちで歩いた。その道のりはとても長く感じた。運命の扉を開く気持ちを隠すことはしない。
部屋をノックして返事を待たずに入る。武史は父親と対峙するつもりだった。忙しそうにしていたが、嫌な顔をせずに白衣を脱いでソファに座るように指をさした。武史は腰を下ろすと、広瀬からもらったファイルを父に渡した。感情の動かない父子の会話はいつも事務的だった。
「来週くらいには職場に復帰するつもりなのか」
「はい、そのつもりです。いろいろ迷惑かけてすみませんでした」
武史は軽く頭を下げた。
「あの事故は相手にも過失があったから、しょうがない。それよりも、医者として、手にケガがなくて良かった。もう、バイクはやめなさい」
「あのバイクは友人の広瀬に譲ることに。これからは車にするか、歩こうと」
「それがいい、で、これはなんだ?」
顔をしかめて書類に目を通した。
「それは、こっちが聞きたいです。これは僕と、ある人物のDNA鑑定です」
「どこでこれを」
顔色一つ変えない、いつも冷静な父だった。母が亡くなった時もそうだったとあの日を思い出した。
「人脈はありますから。僕と全く同じDNAを持つこの人は誰です?」
「それは言えない」
「事故の相手です、これ。あの古谷タケル。あの顔見たら分かるでしょう。事故の直後に他人のそら似かと思った。しかしあまりにもそっくりすぎて、鑑定しました。双子なのに、どうして別々に?」
武史は父を逃がさぬように畳み込んだ。
「言えないものは」
「親父はいつもそうだ、こんな家族ごっこいい加減にしよう。僕だって両親に何も似てないって薄々分かっていたし」
武史はここで痛くない方の足で応接セットのテーブルを蹴ったらどんな顔をするだろうと思った。
「世の中には似ていない親子もたくさんいる」
「きれいごとはいいです、鑑定は確実な人に頼んだので。おまけに僕は医師だ」
「そうか。じゃあ、ごまかしはきかないってことか。もう、十分大人だから、同じ医師として言うことにする。でも親子だってことに変わりはない」
武史はやっと父が腹をくくったと思った。これは単なる悲劇の序章でなかった。武史の父が告白をせずに沈黙を守れば 、武史が壊れることなどなかったのに。武史にとって慟哭の真実が白日のもととなる。