【前回の記事を読む】「この秘密を隠して、これから自分は生きていかねばならない」
第二章 恭子
高杉君は入院した。
担任教師から状況を聞かれたが、何が起こったか判らないと答えた。実際、恭子も混乱状態で状況を把握出来なかった。恐らく自分の「力」が原因だとは予想できたが、それをどうやって先生に説明出来ただろう。
恭子は一通り話を聞かれた後、教室に戻された。
教室のドアを開けると、部屋の空気が一変するのが感じられた。
シンと静まりかえり、恭子に視線が集中する。
視線を感じながら、自分の席に向かった。
(高杉、意識が無いってよ)
(伊弉弥が何かしたんだよ)
(あの手袋、怪しくない?)
(手が荒れてるからって聞いてたけど、さっき見たら全然荒れてなかったわ)
自習になったクラスでは、朝に発生した事件の話題で持ちきりだったようだ。部屋の中央に皆が集まっていた。
恭子が席についても、疑惑の視線と小声は止まなかった。その中心には、一番近くで見ていた風花の姿があった。
高杉君は三日後に退院して登校してきたが、その時には恭子は死神と呼ばれるようになっていた。
恭子は毎日登校していたが、誰とも会話する事は無くなっていた。
中学生という多感な世代の子供達は、鋭敏な感覚を持っている。
恭子が「何か」を持っているという事を、生徒達は本能的に感じ取っているのだ。その本能が、恭子を遠ざけていた。
高杉君が恭子を恐れて避ける様子も、他のクラスメートに伝播していた。
高杉君は、その瞬間の記憶は無くしているようだが、恭子を畏怖する感情だけは残ったようだ。
恭子に近付くと危険。その噂はクラスを超え、学校全体に広まっていた。
恭子も、他の人を高杉君のような目に遭わせたくなくて、クラスメートと距離を置くようになった。
廊下を歩いていると、皆距離を置き、近付く者さえいない。
恭子は、完全に孤独な生活を送っていた。
最初は寂しい思いをしていたが、次第に、感情が希薄になっていった。
その日も学校を終え、一人で帰宅していた。
最近では、何故学校に通っているのかも判らなくなっていた。
人通りの少ない路地を歩きながら、この忌まわしい力を無くす事は出来ないかと考えに耽っていた。
自分の身に危険が迫っている事など、思いもせずに――。
恭子の背後を、一人の男が付いてきていた。
足音のしないその男の存在に、全く気づいていなかった。物思いに耽っていた恭子の口元が、突然大きな手で塞がれた。悲鳴を上げたが、くぐもって辺りに響かない。
男は恭子を持ち上げた。
恐怖で悲鳴を上げるが、その声は辺りに届かない。
男は恭子を廃材置き場となっている空き地の隅まで引きずって行き、地面に倒れ込んだ。瞬時に体勢を入れ替え、恭子の身体にのし掛かる。あまりの重さに、恭子の肺は圧迫され、息もまともに出来ない。その体勢から、男は恭子のシャツを引き裂いた。
恭子は男の目的がレイプだと悟った。
必死で抵抗するが、男はあまりに重すぎた。
男の臭い息を避けようと、両手で男の額を押す。
何故、私にだけこんなに不幸が訪れるの?
私が何かいけない事でもしたっていうの?
抗いながら、恭子は自分の人生を呪っていた。男の手が、スカートの中に伸びてきた。その瞬間、恭子の中で何かが弾けた。