【前回の記事を読む】人体の神秘…記憶と視覚が結びつくのにかかる時間の不思議

視覚でのトップダウンとボトムアップ

ここで仮定としての話ですが、誰かが森林や草原のようなところで、自然の草や木をあちこち見ている状況のときに、実際にはこのようなことはないわけですが、目の前の1メートルくらいのところに急に何か全く関係ないもの、例えば20センチくらいの大きさのドラえもんの顔が現れたとします。

このときその人がそれをとっさに中心視野でとらえたとして、最もはじめの瞬間は何が見えたのかはよくわからないはずで、まず形と色とが目に入ったような感じでしょうが(記憶情報との照合前の映像の知覚と考えます)、でも次の瞬間、170~200ミリ秒後くらいで、記憶情報との照合がされ、それがあのドラえもんの顔だとわかったことでしょう。

ふだん日常で、このように一瞬(といっても百数十~二百ミリ秒程度)何だかわからないということは、ほとんどないように思われ、何かを見れば、見た瞬間にそれが何かがわかるように思います。

これはおそらく、ふだんはトップダウン的な認識が主に働いているためではないかと考えています。例えばこの例のように、もともと森林の中にあるものは、トップダウン的に、すべて見た瞬間に知覚できるでしょう(木の名称や種類など知識的にわかるということもあるでしょうが、視知覚としてすぐはっきりと明瞭に見えるということです)。

これは、脳はその視覚的な認識において、トップダウン的に植物という範疇から対象を検索しているので(森林の中にあるのは植物だからです)、記憶情報との照合が速いためと考えられます。このことは、前頭前野から高次視覚野のV4やMT野にトップダウン信号が送られているとのことで、これによって認識が制御されている可能性があるためとも思われます。

しかし、ドラえもんは植物の範疇にはなく(ドラえもんに精通している人ならすぐわかるでしょうが)、森林の中で目の前に急に出現したドラえもんを視覚的に認識、知覚するためには、まずいきおいボトムアップ的な認識が生じ(はじめ顔の形状や色などが認識されたのち)、記憶情報から対象を探しだして(検索)、それと照合するまでにやや時間がかかり、すぐにドラえもんと認識できない場合もあると思いますし(170~200ミリ秒程度の間)、もしもドラえもんをご存じなければ、照合できない状態で知覚が完了するということとなると考えられます。