和木重太郎、惣右衛門と対峙する
重太郎は意を決して、防具をつけ竹刀を持った。惣右衛門は防具なしである。
重太郎は毎日の精進で多少の自信もあったのだが、惣右衛門と対峙したとき、相手から威圧も剣気も何も感じられず、壁に向かっているようで戸惑った。
焦れた重太郎は、自分から仕掛けて隙を見出すしかないと、まず青眼から相手のゆったりした佇たたずみに呼吸を合わせ、竹刀を大きく振り上げ、「ダン」と床板を鳴らすほど踏み込んで、竹刀を大上段から振り下ろした。渾身の一撃である。
重太郎の目論見は、この踏み込みで相手は後ろに下がるだろうだった。そこを一気に踏み込み、身を沈めて下段から振り抜き、脇を狙おうとした。
だが、惣右衛門はこの最初の一撃を、まるで風に吹かれた柳のようにすいと避け、同時に足を運んで面を打ちに来た。その動作の一気に膨れ上がる剣気というか、見えない力に圧倒され、それから自分が昏倒するまでの瞬間が、長い時間が掛かったように緩慢に動いていった。
竹刀が頭上から降ってくるのを見ながら、重太郎は必死で足を後ろに送る。だが、相手の竹刀は頭上の同じ位置にあった。惣右衛門は重太郎の下がりにぴったり合わせて足を送り込んでいるのだ。重太郎は体を反らして、ようやく相手の竹刀と自分の頭の間に、竹刀を割り込ませることができたと思ったとたん、防具の上から受けた竹刀もろとも軽いどころじゃないほどの衝撃を頭に受けて後ろに昏倒した。
惣右衛門の振り下ろしは決して速いようには思えなかったが、重厚な衝撃を伴うものだったのだ。完敗である。
「参りました」
そう言うのがやっとだった。
「はは、参ったか。重太郎。お主に足りないものはで技や体力はない。いまので、わかったろう。座禅が生きてないのう」
重太郎はもうろうとする意識のなかで驚きを隠せないでいた。竹刀なのにそこに抜き身の白刃があるようだったのだ。如何にしたら、そんな悟入(悟り)の域に到達することができるのか。技を磨き、体を鍛錬してもそうはならない。それに、なぜか重太郎が座禅の修業をしていることまで知っている。
この立ち合いで重太郎は惣右衛門から、
「重太郎は足の運びなど考えたことがないだろう。稽古でついただけの動作はあいまいである」
と指摘された。いままで何万回と稽古して体が覚えている動きが、自分が確信している動きと違うことがあるというのだ。
「足を踏み込むとき、次に体をまっすぐ進めるのか、開くのか、しぼるのかで、踏み出す足先の向きが問題になる。その前に間合いがわかっていないと、足は踏み出せないがな」
無駄な動きが無理な姿勢をとらす。無理な姿勢は体の動きをくるわせるというのだ。無駄な動きを見つけるにはどうすればいいか。客観的な視点で観察することであるという。