「ありがとうございます」
橋のたもとまでくると、女は立ち止まって礼を言う。
「いえ、どうしたのですか?」
「はい……」
「黙っていてはわかりません、おっしゃってください」
傍には林太郎もいる。林太郎は、女を必死に見ていた。
「あのー、わたしの家は貧しくて、食べるのも苦しい生活でした。それは母親が病気で床に臥せっているからです。わたしが、茶屋に奉公してやっと食べていたのです。昨日あの男が来て、貸した金は、今日返してもらおう、と言ってわたしを連れだしたのです。一場面だけ付き合え……と」
「それがあの場面だったのですね」
女は唇を噛んでうつむいている。
「それなら、もういいじゃないですか。これで、終わりですよ」
「でも、借りたお金というのが、よくわかりません」
「そうね、お母さんに聞かなくては……」
女は、これから家に帰ると言う。麻衣は、乗りかかった船だ、私たちも着いて行こう、と林太郎に言った。林太郎も、興味があるらしく、麻衣について行くのだった。
家に着くと、母親が床に寝ていた。
目を開けると、
「お前、どこに行っていたんだい」
とか細い声で言う。
「ええ、近所のお寺にお参りに行っていたのよ」
「そうかえ、それにしては、時間がかかったね」
「知った人に逢って、お喋りをしていたの」
「…………」
母親は、じっと涙で曇った眼で娘を見ている。
「お前、わたしのことで苦労かけるね。でも、わたしのことは自分でわかるんだよ。もうそんなに長くはない、気を遣わないでね」
優しい目で言う。