人は動脈とともに老いる

動脈硬化とその疾患

人は動脈とともに老いる(A man is as old as his arteries.)とは有名な言葉です。昔の人たちが、いかに動脈という血管の病に悩まされていたかが、よく分かります。

動脈の病気といえば、脳梗塞(脳動脈)、心筋梗塞(冠動脈)、解離性大動脈(胸部大動脈)、大動脈瘤(腹部大動脈)、閉塞性動脈硬化(下肢動脈)の五つが代表です。

心臓から駆出された血液は、動脈に沿って全身をくまなく回り、各臓器の需要に応じて、酸素と栄養を供給します。それは大動脈に始まり、毛細血管に終わるまでの合理的なシステムを構成しています。動脈壁は、通常は内腔から内膜、中膜、外膜と三層に分かれますが、部位によってその構造が違います。動脈系というのは、生体にとっては重要なひとつの体系なのです。たとえば脳内動脈では、中膜筋層をほとんど欠いていますが、諸臓器手前の細動脈では、厚い筋膜層があり、水道の蛇口のように血流を調節しています。

心臓から駆出された血液は、半分くらいがまず胸部の大動脈に受け入れられ、心臓の拡張期にそれが動脈壁の弾性による復元力によって末梢へと送られます。これが第二のポンプです。胸部の大動脈は弾性動脈で、大動脈解離の好発血管です。動脈壁に割れ目ができ、そこに血液が流入して血流を阻害するという重篤な病です。石原裕次郎は、四十歳代のときにこの疾患に罹患し、手術により一命をとりとめました。

私は若いとき、教授の依頼で心筋梗塞と思われた中年の男性患者を往診し、心電図に梗塞像がなく、血圧に左右差があることなどから大動脈解離と診断し、東大病院の外科に救急入院させました。しかし患者さんは、その夜に亡くなりました。心筋梗塞よりも、予後の悪い病気です。