運動器の老化 ロコモティブシンドローム
高齢者の腰痛
高齢者外来で最も多い訴えは、腰の痛みです。高血圧や糖尿病は多くても、初期には症状がないか、軽微です。これに反して腰痛は、急性であれ、慢性であれ、経験した人が少なくないと思います。
私自身は朝、体操をしているので、大丈夫と思っていました。だが八十五歳のときに体操で体を捻った際、急にギクッとした腰から大腿にかけての痛みを感じました。病院でのⅩ線検査では、大した異常がないということでしたが、次第に痛みが強くなって、一時は身動きがとれなくなりました。
マッサージとかカイロプラクティックとかは、金ばかりとられて全く効果なし、結局は一カ月くらいで自然に治ったようです。ギックリ腰のようなものでしょう。ギックリ腰は、ドイツ語でヘキセン・シュスといいます。魔女の一撃という意味です。痛いわけです。
私の友人には、脊椎管狭窄症に罹患したものが少なくありません。症状は間欠性跛行で、しばらく歩くと下肢がしびれたり、痛んだりします。立ち止まってしゃがむか前かがみになると、症状が軽快します。脊椎の中には、脊髄という神経系が通っていますが、脊椎の老年性変化でこれが圧迫されるためといわれます。
ただ元をただせば、これは人間が進化の過程で、二足歩行という無理な姿勢をとったことにあると思います。それは数百万年前のことですが、ホモ・エレクトゥス、ホモ・サピエンスなどの人類は、全体重を、長さが三十センチにも満たないアーチをともなった両側の足にかけました。そこに脳から胸部、腹部、上肢などの大きな重さがかかるわけです。
その大黒柱が脊椎ですが、真っすぐではありません。七個の頸椎は前に曲がり、十二個の胸椎は後に曲がり、五個の腰椎はまた前に弯曲し、最後の仙骨はまた後弯です。つまりシグモイド曲線をとって、重さを力学的に分散しているのです。腰部では大きく開いた骨盤となり、体内の七十パーセントの筋肉がここに集まっています。
さらに人体には二百六十個に及ぶ関節があり、骨盤から大腿、下腿、足にかけての関節には、軟骨があって衝撃を緩和し、相互の関節は連動して、足にかかる重力の負荷を調節しています。
私は長距離走選手の下肢の細さにいつも感心しています。陸上では、大きな体重を細い下肢で走ったり、ジャンプしたり、素晴らしい機能を出しています。これに引き換え、ボディビルでは、上半身の筋肉量を誇示していますが、あれはどれだけの機能があるでしょうか。
骨盤から大腿、足にかけてどっしりした運動系の機能は、年をとるとともに劣化します。要介護になる疾患を挙げると、脳血管疾患が約四分の一で最も高くなっていますが、骨関節炎や骨折などの高齢者運動器疾患も同じく四分の一以上を占めているのです。