紅茶見聞録 その5 光り輝く島・スリランカに辿り着く
私が紅茶メーカーで働き始めるようになった1980年前後の頃、現地でクオリティーシーズンの紅茶の買い付けを行う年季の入った先輩ティーテイスター達は、1か月以上をインド・スリランカの2か国を股にかけたはしご行脚をしていた。例年買付けターゲットとなる紅茶の品質が上がってくる6月から8月半ばにかけてその年どしの天候で異なってくる品質ピークのタイミングを選んで、渡航をするのである。
航空機で高額な旅費を掛け、紅茶産地へ海外出張するということは、選ばれし人間に与えられた一つのステータスで、口には出さぬとも羨望の的として映ったものだ。航空機の座席はCクラス。今でいうところのビジネスクラスが普通で、現地に着けば、頼まずとも決まったように最上のホテルが定宿として、予約されている。
インドとスリランカ内のティーオークションがある都市での茶商との折衝や買い付けに関わる情報収集の合間には、足を延ばして茶産地訪問を織り交ぜながら、ひと月以上、移動して行くのである。
体調管理といえば聞こえは良いが、緊張感を持続し、下痢にならぬよう心掛けねばならない。
まず北インドの最初の訪問地カルカッタ(コルカタ)では、昼間の茶商訪問に加えて、毎晩のように歓迎パーティーが開催される。海外顧客へのインド側の厚いおもてなしには、想定を超えた感動をして、時に飲み過ぎる。
この予定が消化できれば、今度は国内線に乗りマドラス(チェンナイ)経由南インドに向かう。コインバトールの空港から、インド国産乗用車アンバサダーで南インドの広大な高原であるニルギリ産地巡りに入る。
次は、「山を下りて南インド紅茶のオークションがあるコーチンで一息つこう」と言いたいところだが、連日の長時間にわたる車移動のせいで、おなかにはガスが溜まり膨満感が襲ってきている。
既に、精神的肉体的に限界が近づき、初対面のインド人には、"ナイストゥーミーツユー"を連発し、微笑みを作りながらも、どちらかと言えば苦痛の旅となっている。
きっと多くの先達が、感じていたことであろうが、早くセイロンに入りたい。この気持ちは、なぜか切実な思いの記憶として、体に浸みこんでいる。
そして、ようやく辿り着いたスリランカ最大の都市・コロンボで感じた空気感は、なぜかやさしさに包まれ、心が癒される天国のように感じたものだ。