お父さんと言うが、若い。まだ四十前に見える。この人が、お父さん。呆れたね。これは夫婦じゃないかな。麻衣はそう思った。
「いや、あなたは初めてです」
「そうかしら?」
麻衣はかすかに笑った。
「隠してもダメですよ。あなたは、あの時虎谷屋に入った泥棒ですね」
男は、さっと身構えた。
「それに、あなたは耳が聞こえないと言っているけど、私の言うことがわかる……」
「…………」
男は、ダッとけりを入れて、舞い上がった。
「お前は誰だ!」
「わたしは、麻衣よ」
「何故、わたしのことを探っている!」
「探ってなんかいません。ただ話しているうちに、わかってきたと言うわけよ」
麻衣も身構えた。男はまた立ち上がったが、麻衣を困ったように眺めている。
「何か用事ですか?」
麻衣は、黙って周囲を眺めた。台所に釜がある。鍋がある。だが、家の中には、これといった物がない。布団と壁にかかった男の衣類だけである。
「別に用事はないわ。ただ声が聞こえないから、誰が住んでいるのかな、と思っただけ」
「…………」
「娘さんは、耳が聞こえないのね。娘さんじゃなくて、夫婦ではないかしら?」
「…………」
「それだけですか? ではもうわかったのですから、帰ってください」
「いいえ、娘さんにも会わなくちゃ」
麻衣は男の顔をキッと眺めた。