高齢者の心臓病を解説
高齢者の心臓病には、大別して次の四種があります。
①虚血性心疾患、②不整脈、③弁膜疾患、④心不全
虚血性心疾患
このうち、最も頻度が高く、死因となるのは虚血性心疾患です。それは心臓自身に血液を送る冠動脈が血栓などで詰まる病気です。狭心症と心筋梗塞があります。狭心症はニトログリセリンの舌下投与で発作は収まりますが、心筋梗塞は激しい前胸部痛と発汗があり、急死することが少なくありません。心窩部や肩に放散する痛みになることもあります。
ところが七十五歳以上となると症状に変化があり、意識障害、呼吸困難、脱力感などが目立ち、なかには全く症状のない無痛性梗塞があります。胃痛の患者でも心電図は必ずとる必要があります。
急性心筋梗塞は、以前には全く打つ手がありませんでした。発作が起こっても、医師は手をこまねいて嵐が過ぎ去るのを待つしかなかったのです。ところが米国のソーンズという医師が一九五八年に偶然にもカテーテルを冠動脈に挿入し、造影剤を注入してその走行と閉塞性障害を明らかにしたのです。これには驚きました。心臓にとっての命綱ともいうべき動脈に、カテーテルを入れることなどできるものかと思いました。
しかし、これが安全にできると判明した後、カテーテルによる冠動脈造影法は燎原の火のように米国全土に広まりました。カテーテルや手技は、改良が重ねられ、今では、誰もが習練すれば、冠動脈造影をすることができるようになりました。
我が国では、山口洋君(後の順天堂大学教授)がソーンズについて研修を重ね、帰国後、虎の門病院で冠動脈造影を行いました。これには冲中病院長が八千万円もするフィリップスの造影機器を、特別予算で購入したというすぐれた決断がありました。ちなみにソーンズという人は、一日に百本もタバコを吸うヘビースモーカーでした。ノーベル賞候補になりましたが、そういうものは歯牙にもかけませんでした。六十六歳で亡くなりました。
現在の虚血性心疾患治療は、カテーテル療法がすべてです。心筋梗塞患者に対しては直ちにカテーテルを挿入して病変を明らかにし、閉塞部にバルーンという風船のようなものを挿入し、内圧をかけて内腔を拡張し、さらに付属する網状のステントを留置して血管内腔を確保するというのが一般的な療法となりました。このため急性心筋梗塞の治癒率は格段に上がり、八割を超えるようになりました。もはや恐れるに足りぬ病気となったのです。昔を思うと隔世の感があります。