どちらの男がいい人か?
女の名前は、雪と言う。雪が、初めて菓子問屋の長男に会ったのは、名月の集まりだった。その中で、急にめまいがして倒れたところ、その旦那が世話をしてくれたのだと言う。優しくて、一生懸命に世話をしてくれてありがたかった。一目で好きになったと言う。
「それから時々逢っていたのね」
「ええ……」
「それで、小間物問屋の方は、どうして嫌いなの?」
「だって口も利かないし、むっつりだんまりだもの」
「無口だから嫌いなの?」
「ええ」
麻衣は考え込んだ。無口だってよい人がいる。一度逢って見なくては、と思った。
「では、待っていてくださいね。調べます」
と言って、雪とは離れた。
「さてっと、まず小間物問屋の長男に逢わなくては……」
軽く考えたが、小間物問屋の長男はあまり外に出ない。
「何か買いに出かけなくちゃ」
麻衣は買い物客をよそおって、その店に入った。いろんなかんざしや櫛が並べられている。女客も何人か観ている。麻衣は言った。
「あら、これは、どこの産かしら?」
すると奥から長男が出てきた。
「あ、これはいいものですよ。越前から入荷したものです。江戸ではなく、越前です」
長男は、丁寧に話した。ちっとも無口じゃない、と麻衣は思った。
「こちらは?」
「こちらは、このかんざしは、江戸の物ですよ。ですが、江戸でも指折りの、健蔵が作ったものです。価値がありますよ」
と言う。
「ふーん、いろいろ知っているのね」
麻衣は長男を見た。整った顔をしている。面影はちょっと暗いが、話し出すとそれは消えた。話すときの彼は、生き生きしている。別に悪い人ではないみたい。