どちらの男がいい人か?

林太郎は麻衣を見て、

「お腹が空いた、入りましょうか?」

と言った。麻衣もお腹が減ったなと感じたところだ。二人で入る。中には二人しか人はいなかった。壁際にある畳の上に二人は座った。

かけそばを二つ注文する。老夫婦と娘がやっている、小さな蕎麦屋だった。だが、蕎麦はうまかった。

「おいしい!」

麻衣は林太郎を見ながら言った。林太郎は頷き「おいしいですね」と言った。林太郎はこの蕎麦屋に何回か来たことがあるのだ。小さいけれど落ち着くのだった。蕎麦屋を出ると、林太郎は言った。

「あそこに飴屋がいるが、買いましょうか?」

麻衣はにっこりとうなずいた。

林太郎は飴を二つ買う。二人で、丸い飴をなめながら、歩いて行く。

「あなたは本当に身のこなしが軽い!」

「……」

「どうしたら軽くなるのですか?」

「……」

「それに、歩く速度も早い!」

麻衣は途端にゆっくりめに歩き始めた。林太郎はそれを見て、ふふふと声に出して笑った。

「でもそういうところが好きです」

林太郎の目が細くなる。

麻衣はどうしてよいやら、わからなくなった。林太郎という男を、少しずつ見直してきている。初めて会った時から、きちんとした男だと思った。だが今は、本当に良い男にあったということしか、念頭になかった。

「あら、さっきの魚屋さんだわ」

見れば、丸い桶を下に置いて、汗をぬぐっている。一休みという体だ。魚屋はちらっと麻衣たちの方を見た。だが、後は知らん顔をしてタバコなどをふかしている。

林太郎は、つかつかと魚屋に近づいた。

「生きのいいのがあるかい?」

「へっ?」

「良い魚があるかい、と聞いたのだ」

「へっ、もういい魚は出て行ってしまって、残りだけだよ」

と桶の蓋を取った。見るとイワシが少々とサバが二匹だけだった。林太郎は、魚屋の顔をじっと見た。

「お前はどこかで見たことがあるな」

魚屋は顔をそむけて「何を言いやす」と言った。手は懐に入っている。匕首を握っているのかも……。その次に林太郎は、

「だが、見間違いかもしれぬ。わたしが逢ったのは、お前によく似ているが、もっと凶暴な男だった。お前はそうは見えぬ……」

と静かに言った。

魚屋は、懐から手を離した。

「さいですか、ではこれで……」

と桶をかつぎ足早に離れて行った。

林太郎はその後ろ姿を見て、「やっぱり野郎じゃないか」とつぶやいた。麻衣は林太郎に聞いた。

「知っている人だったのでしょうか?」

「そうだ」

「何故逃がしたのですか?」

「逃がしたのではない、家は探ってある」

麻衣は黙った。林太郎が並みの侍ではないことがわかったからだ。

「もう帰りましょう」

麻衣たちはそう言って、元来た道を戻って行くのだった。

「いや今日はとんだところをお見せしました。今度は面白いところへ案内しますよ」

と林太郎が言って別れたのだった。

「ふーん、林太郎も、色々と問題を抱えているのだわ」

麻衣はそう思った。