今日は、料理茶屋に出かける日だ。支度をして歩いていると、後ろから麻衣を呼ぶ声がする。
「あのー、麻衣さん」
「何?」
麻衣が振り返ると、町娘のような女が笑って立っていた。
「わたしですか?」
「ええ……」
「何か?」
「わたしに見覚えはありませんか?」
その女はにこにこと笑う。
「いえ……」
麻衣はどう考えても、その女に心当たりはなかった。
「この前、原草寺で逢ったでしょ」
と言う。麻衣はやっと思い出した。
あの時好きな男と会うため、小僧をおっぽり出して、近くの茶屋で男と会っていた女だ。
「あ、思い出したわ」
麻衣が言うと、女は手を握ってきた。
「思い出したのね。あの時から、わたしは、菓子問屋の長男を好きでした。でも親が、どうしても小間物問屋の長男に嫁げと聞かないのよ。それで家出をしたの」
「…………」
「ね、何とかしてくれない、お願い?」
と両手を合わせ、神様に拝むようにして懇願する。その顔は必死だった。
「どうして、菓子問屋の長男がいいの」
「だって、顔がいいし優しいのよ。小間物問屋の方は、むっつりしてあまり話さないの。顔は普通だけど」
と言う。麻衣は困った、身の上相談はやったことがない。だけどこうして頼んできたのだ、話は聞いて上げようと思った。