幽霊(ゆうれい)っているの?

お恥(は)ずかしい話、いまだに夜、一人でトイレに行けない時がある我(わ)が息子。

子「お父さんは、幽霊(ゆうれい)見たことある?」

父「ない」

子「いるんでしょ?」

父「うん、いる。(おでこを指差して)ここにいるんだよ」

子「頭?」

父「おまえの頭の中。お父さんはいないと思っているので、幽霊(ゆうれい)はいないという答えになる」

子「お父さん、コチョコチョしてもくすぐったがらないでしょ。修行(しゅぎょう)したからだって言ってたよね。同じこと?」

父「近いね。考えよう、心の持ちようだということだわね」

子「うーん……怖(こわ)いけど、何となくいてくれないと寂(さび)しいなぁ」

父「そうかい(笑)。目に見えないものをどう取り扱(あつか)うかというのは、大人になってもずっとつきまとう課題だよ。何か分かったことがあったら、お父さんにもすぐに教えてね」

子「いいよ」

お父さんのひとりごと

幽霊(ゆうれい)は怖(こわ)いのでいてほしくないですが、神様、仏(ほとけ)様(さま)と広げてみるとどうでしょう。

「神様なんていない! 仏(ほとけ)様(さま)なんていない!」と子どもが言えば、ちょっと悲しいし心配になります。

神社やお寺で自然と手を合わせるのはなぜか?

一度親子で話し合ってもいいテーマではないでしょうか。

調べてみよう

お寺では手を合わせ、神社では手を叩(たた)きます(柏手(かしわで)を打つ)。それぞれどういう意味があるのかな?