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ALS
一週間が過ぎた。私がいつもの時間に病室に入りかけると、廊下に立っていた女性が、後を追うようにして入って来た。私が京子のベッドのカーテンに触れるのを見届けてから、急に近づいて来た。三人いる京子のリハビリに関する療法士の内の一人で作業療法士だと名乗った。
「お父さんにも、同じことを話して。とお母さんに頼まれているのですが、ちょっといいですか」
この病院では年配者の患者のことを「お父さん」「お母さん」と呼んでいた。話が込み入っているのか、少し改まった物言いだった。作業療法士は、少し戸惑いながらも、はっきりした口調で切り出した。
「お母さんの肘と膝の動きのことで、後輩から相談を受けたので、来られるのを待っていました」
「そうですか。すごいでしょう。こんなことがあるとは、嬉しいの一言に尽きます。ありがとうございます」
『私のぶらぶら、ぶらぶらぁーに引き継ぐ、京子の演出ではないだろうかとの疑いも、ほんの少しはあったが、ここまで続けば』と、私は京子が難病を出し抜いたような、少し誇らしい気分になっていた。
「それって、見られましたか?」
私はベッドの半開きのカーテンに触れながら、京子の足辺りを目で指し示した。
「はぁ、はい」
カーテンを大きく開いて、作業療法士を先に入れて、私が後に続いた。作業療法士の話では、京子が私にして見せたと同じ手足の動きを、若い理学療法士に見せたという。そしてその療法士から先輩である作業療法士の自分に相談があったと説明した。
京子が、深い瞬きをして、療法士の背中越しに何かの合図を送ってきた。
「よろしければ、もう一度見ますか?」
「はぁ、……いいえ」
「あれって、すごいでしょう?」
そう言う私に向かって京子が再び眉間に皺をよせて、不規則な瞬きをした。
「何? どうしたの?」
私はやっと、京子のおかしな空気に気付いた。作業療法士は自分の前置きの説明に懲りたように、おどおどしながらも結論を喋り始めた。
「ごめんなさい。その動きですが、お母さんにとっては、長くしていなかった動作で、忘れていて、ふっとしたことで、今回の動きを試したら、動いたということであって、新たに動き始めたということではないのです」
私の期待していなかった方向にどんどん導かれていく。そして完全に否定された。私の思考が一瞬で散らばり、そのあと急停止して、行き場を失ってしまった。
行き着くところまで行くと、すべての思いが再び集まり、療法士の指摘にほぼ納得してしまった自分がいて、反対に鎮めることができない無分別な怒りが、湧き上がってきた。
「夢を壊さないでほしい。もう少し様子を見ましょうとか、頑張って、もう少し動くようになったら、担当医と相談しましょうとか、その上で今まで通り、リハビリを続けて行くという方法とか、もっと言いようがあるでしょう。とにかく間違っています。二人の希望をつぶさない、いろんな方法があったと思います」
自分で喋りながら、私の言葉はひどく乱れていると思った。京子が聞いているのは分かっていても自分でも抑えることができない。非道などうしようもない力になって発散された。
「あなた方にとって、ALSが快復に向かうということ自体、不可解ということでしょう。治る可能性はゼロ。でも京子は挑戦しているんです。今、できることは病に挑むしかないと」
京子は、医療従事者に自分のできる感謝のしるしとして、精一杯のことをしていたのだというとっさの思いが、私の頭に浮かんだ。
「ごめんなさい。お母さんから頼まれたから説明しているのであって、夢や希望を壊そうなんて、とんでもないことです。本当にごめんなさい」
本当は、そのことを責めているのではなかった。その時、私の苛立ちが勝り、どこにも持っていきようのない、行き場を失った感情が、破裂寸前になっていただけだった。その中で、とっさに妻の気持ちを汲み取ろうとして、自分の心の処理ができない状態になっていたに過ぎない。
京子はみんなの期待に応えて、病気を治そうとして、挑戦していた。それを静かに見守って、続けさせてやりたい。京子から告白された時に、そう素直に考えておくべきだった。私は、久しぶりに奮い立っていた。
私は目の前で、しおれていく孫のような年齢の若い作業療法士の姿に気付いた。もう黙って聞くしかなかった。私は観念した。
暫くして、療法士も傷ついた顔で、部屋から出ていった。
「すまない。君の努力を笑いものにしてしまった。恥の上塗りをしてしまった。ごめん。なんだか、悔しくて」
その時は、妻よりも私のショックの方がはるかに大きかったに違いない。病気が完治したなら、再び妻に家事などの日常を依存した生活ができると無意識に期待していたのかもしれない。何に対する悔しさだったのか、もう見当がつかなくなっていた。
妻は少しだけ頬を紅潮させて、慰めるような目で私を見ていた。少しでも、妻の感謝というか、願いというか、諸々の希望のかけらが繋がっていけばいいのに。私は妻が何を言っても、真摯に受け止める、と誓っていたのに、心は、その日、その日で、妻の演出という疑いと、希望とがごっちゃになって、しばらくの間、私の頭の中を行き来した。
昨日まで病状が好転し、最悪でも進行が止まったのかと、勝手に思い込んでいた。これなら自宅介護も可能なのではないかと思い、午前中に家の掃除をして病院に来た。それが数時間も経たない、その日の午後には真逆の状況に突き落とされた。
『病気の進行は留まることなく、筋肉は確実に衰えている。妻の身体に居ついたALSという生き物だけが、誰に気兼ねすることもなく、目的に向かって冷静に突き進んでいる』
『人の願いなど関係ないのだ』という気持ちと同時に、『京子の手足が新たに動き出したという言葉を信じ、自分が良い方に捉えなくては、誰が京子の心根を受け取ってやることができるのだろう』といった二つの思いで、私は虚勢を張ってみたが、すでに心が踊らなくなっていた。
病状の好転で療法士に感謝の意を汲み取ってもらおうとした京子の行為が、寂しい気持ちに変わってしまったのではないかと思えた。今では、打ちひしがれて出て行った作業療法士の顔が、京子の頭に悲しく浮かんでいるに違いない。
私だけは、京子の前で落胆した表情をするわけにはいかない。二人が立ち直るきっかけを掴まなくては。人間には自然治癒力がある。免疫力を上げて、それを最高に引き出さなくてはならない。少なくとも妨げるわけにはいかない。それこそ負の連鎖で、心も身体も自己崩壊する。私が動揺した顔を見せれば、京子に確実に移る。『しっかりしろ』と自分に言い聞かせていた。
翌日から毎日「まだ動く?」と笑顔で訊くことにした。その後も数日に一回、訊ねていた。京子は少しだけ微笑むことがあった。