虎谷屋の怪
奥から、髪の長い、男とも女ともとれる人物が出てきた。着物は男のように、袴も着けている。タスキをして、練習する気が、満々という具合だ。女だった。美しい頬に紅が走ったように、顔がきらめいている。三人は隅の方に固まって、じっと見ていた。
女は、爺さんの前で頭を下げると、立ち上がって、三人を眺めた。
「そこに固まっているご仁は、立ち会う気はないか?」
三人は顔を見渡した。
「いえ、今日は、見学だけです」
「そう言わずに、立ち会え!」
女は語気荒く言う。三人は気もそぞろに、それぞれ顔を見合わせる。女は動かない。仕方なく、太った木村三郎が立ち上がった。
「それでは、わたしが……」
女は、支度をしている木村三郎を、ひたと見つめていた。
「では、よろしくお願いいたします」
二人とも礼をする。
さっと二人は離れた。新之助はじっと見ている。女がエイッと竹刀を頭上から打ち下ろした。木村は、その竹刀を頭上で受け止める。木村も剣が使えるのだ。太っているが、身のこなしは、毅然としている。じりじりと詰め寄る。竹刀を打ち合わせ、また離れる。そしてまた二人は近づく。その時、エイッと声がしたかと思ったら、木村の竹刀は天井に跳ね上がっていた。
「おみそれしました」
木村は膝をついて頭を下げる。
「次!」
女の声はよく道場に通る。
残った二人は顔を見合わせる。
「お前が行けよ」
と木村三郎が急き立てる。仕方なく、立花文之助が立ち上がる。立花は、ほんのちょっとだけ剣のたしなみがあった。
だが、物の数時間で、あっという間に剣は落とされたのだ。
「次!」
最後になった、高之進はからきし駄目だった。始めから、後ろに引いてすぐ竹刀は跳ね上がった。
女は、新之助には、自分から頭を下げた。
「よろしくお願いいたします」
新之助は頷き、女に頭を下げたが、きりっと立ち上がった。二人はどこまでも、正眼で構えていた。だが数分後に、女の竹刀が跳ね上がった。
「お見事です」
女の声が響き渡る。
新之助は、竹刀を後ろの棚に直すと、女に向かって声を出した。
「静香さん、今日はこの三人を連れてきました。よろしくお願いいたします」
「はい」
静香というこの女は、返事は低くする。どうも新之助に気がありそうだ。だから、ぼっと頬が染まっている。
「新之助、また腕が上がった様じゃな」
と前に座っているじい様が言う。
「いや、お恥ずかしい」
新之助は、どこまでも控えめだ。