落語家が魅せた言葉の力
「だよね、あんた基本的にクソ真面目だもんね」
電話口で、恵めぐみさんは言う。津島恵。臨任時代の、境南工科高校での先輩だ。日本近世史の専門家で、社会科準備室でも論文を読んでいるという堅物でもあるけれど、口を開けば雑駁で、歯に衣を着せないところがある。なぜか佑子は彼女に気に入られ、指導、というより時に罵倒されながら鍛えられた。怖くもあるけれど、頼りになる先輩でもある。佑子が正採用になって大磯東に赴任するのと同時に転勤して、今は横浜の紅もみじがおか葉丘高校にいる。
単調になってしまう授業をどうしたらいいんだろう、と、グチを聞いてもらうつもりで電話した。やはりその声で、叱咤してもらいたかったのだろうか。メールを送ってデータで何かをもらって、というのは違う気がした。同居する基が何かの取材で九州に行ってしまった金曜の夜のことだ。
いつものように投げ出すような強い言葉の後ろ側で、食器を扱うかちゃかちゃした音とともに、くすくす笑う声が聞こえる。恵さんのパートナーの、ヒロさんだ。
「言葉を使う職業なんだから、言葉の使い方のプロを知っておいた方がいいと思うよ」
「落語、ですか?」
昨年、恵さんは一時期、三遊亭円朝という明治期の落語家の評伝を集中的に読んでいたことがある。
「明日、用事ある?」
「試験前なんで、部活はオフです」
品川駅の、京急線とJRの乗り換え口で待ち合わせた。駅ナカで昼食をあつらえようとして、佑子は何も考えずにシウマイ弁当を手にした。
「また、あんたは。せっかくお江戸に出るのに横浜引きずってンの?」
「だって、県民食じゃないですか」
こういう切り返し方をすると、恵さんの機嫌は良くなる。実際、シウマイだけじゃなくて、タケノコや杏も美味しい。でも強制的に却下され、二人そろって深川めしの駅弁にした。
上野の演芸場で午後を過ごした。次から次に登場する芸人さんたちのパフォーマンスに、佑子は引き込まれずにいられなかった。大口を開けて笑い続けたけれど、笑いと涙の親和性に、ふと気づく一瞬もあったのだが。そんな佑子を横目で見ながら、恵さんは満足そうに微笑んでいる。
最後に登場した、大御所という感じの落語家は、かえって物静かな口調でゆっくりと話し始めた。夫婦別れをした父親と可愛い子どもの再会のストーリー。今度は鼻の奥につんつんと感情がこみ上げてきて、涙が止まらない。
ハッピーエンドとともに太鼓が鳴り、座布団を外して深々と頭を下げる落語家の前に緞帳が下りる。その姿がやけにカッコよく見えた。