新入部員2人の登場
五十分間の授業が、もうすぐ終わる。今日も余裕もなく、生徒たちの笑顔もなく授業が終わってしまう。三階にある1年C組の教室の、南からの陽光が降り注ぐ窓際からは、海老沼さんの視線がずっと佑子を向いていたけれど、自分の授業の堅苦しさを何とかしたい、と、佑子は改めて思う。臨時任用で勤めていた学校は、活発な男子が多くてガチャガチャした雰囲気だったが、大磯東は生真面目で大人しいムードの中で、かえって淡々と、盛り上がりもなく授業が進んでしまう。試験まであと二週間。梅雨の晴れ間の一日だ。
チャイムとともに、ついうつむいてしまう。映像を見せるためのパソコンを閉じ、黒板に張ったマグネットスクリーンをはずしていると、至近距離で聞きなれた明るい声が聞こえる。
「ユーコセンセ。グッドニュース!」
最近は部員たちから「えびちゃん」と呼ばれるようになった海老沼さんが、嬉しくてしょうがないという顔で、佑子の傍に来ていた。くるりと振り向くと、右手をひらひらと振った。
最近ようやく、C組の生徒たちの顔と名前が一致するようになった。海老沼さんの合図でうつむきながら教卓の前までやって来たのは二人の男子。佐伯くんと寺島くんだ。二人は教室の真ん中あたりで席を並べている。
「二人とも、あたしと同じ中学でさ、そろって今の部活がうまくいかなくて。じゃあラグビーやんなよって誘ったの」
海老沼さんは屈託ない笑顔でそう言う。佐伯淳くんは、SF小説のハードなファンで、部活は文芸部を選んだ。でも。
「みんなで女の子の、目玉ばっかりデカい女の子のイラスト描いてるだけでさ」で、部活に出ることを止めてしまったらしい。帰宅部でのんびりしようと思ってはいたものの、放課後の時間をもて余し、運動でもしようかなと考えていたそうだ。授業中には静かな佇まいだが、一旦しゃべり始めると小柄な身体からポンポンと言葉がはじき出される。
「マンガだって嫌いなんじゃないですよ。でもね、オレ、ホシノユキノブさんのファンなんですよ。オタクっても、あいつらとは違う。少し古いですけど、ハインラインの『夏への扉』、何度読んでもいい。福島正実さんの訳もサイコー」
正直言って、佑子には何のことか分からない。
そんなやり取りを、ぼんやりと見つめている寺島夏樹くんは、立ち上がった体格はがっしりとしていて、教壇に立っている佑子との段差がありながら、頭の位置はむしろ高い。眼鏡の奥の落ち着いた眼差しに静かな光が宿る。中学時代はブラスバンドに入っていて、体格に似合ったバリトンサックスを担当していたという。それで選んだのが吹奏楽部。
「だけど、同期の吹部、人数少なくて活気がなくてさ。どーしよーかなーって言ってたから、一緒にどうだ、って」
本人ではなく、佐伯くんが事情を説明する。
「ね。グッドニュースでしょ、センセ」
海老沼さんは得意顔だ。
「ラグビー部に来てくれるのは大歓迎だけど、前の部活でもめないでよ」
佑子の心配に、佐伯くんはかえって顔をほころばせる。
「大丈夫。テラだって大丈夫。うん」