双頭の鷲は啼いたか

タケルは大学在学中から、この予備校で講師のバイトを始めた。

タケルが通っていた大学は、京都では比較的偏差値の高い有名私立大学だったので採用は簡単だった。就活が面倒で悩んでいることを校舎長に話すと、契約社員として就職したらどうかと言われた。

二年間契約社員として勤めれば、正社員に推薦してもらえる。形式上、試験を受けるが合格は約束されている。今はその二年目だった。念願の正社員にあと少しで手が届くのだ。タケルは懸命に仕事をこなした。

ことごとく採用試験に落ちて神経のおかしくなった大学の友人も何人かいた。最低でも自尊心を保つには安易なやり方と揶揄されても、タケルは満足していた。

給料はさほどよくないが、二年後には正社員ということで親も渋々納得してくれた。責任も今のところはない、最終的に松永さんに報告するまでだ。

松永さんはバイトの講師時代からの付き合いでタケルの事を何かと気を遣ってくれていた。タケルのまじめさを評価してくれての事だろう。

大きな窓を閉めてデスクに戻ると、外線電話が鳴りっぱなしだった。秋元さんがもう一台の電話対応中だから他に誰も出るものはいない。

彼女は渋面になっていた。篠原さんはどこにいるんだ。タケルは外線を取った。机についたタケルの手に、隣で他の電話に対応中の秋元さんからメモが差し込まれた。

「保護者から入塾希望と、面接希望があり。夕方六時希望」

タケルは今話している内容が同じような問い合わせなので、小さく頷いてスケジュール管理表を指さした。

秋元さんはそれを見ながら、予定がない場合は入れることができると理解したようで話をまとめたようだった。ほぼ同時にタケルも電話を切り、

「スマホにアラーム入れるけど、保護者が来たら引き延ばして」

と言いながら、篠原さんを探すことなく、月報の封入作業をするために席を立った。

『痛いっ』

キリで刺すような頭痛を感じたがそれはいつものこと、耳の少し上が痛むのだ。タケルは二年前交通事故に遭い、脳にダメージを受けて三か月ほど昏睡状態だった。

当然、目覚めてからこんなふうに仕事ができるとは誰も考えていなかった。だが、タケル本人はそれすら記憶していなかった。覚えているのは、声を上げるほどの運動系のリハビリと頭痛くらいだった。

タケルは事故の前後の記憶を失くしていた。三か月の空白を認知できないでいた。怒涛のような懇談と面接で、タケルはもう話ができないほど疲労困憊だった。ゆっくりと座っている時間もない。

懇談のあと、サーバーの冷水を一口だけ、立ったまま口に運んだ。校舎長の松永さんはいつも会議で不在なので全部自分にのしかかる。

これも、正社員採用のためと我慢して続けている。あと三か月だ。月報の発送と生徒の月間指導報告書も書き終えた。何とか今月もやり遂げた、毎月時間との闘いだ。タケルはゆっくりと新しく入れた水を飲んで、大きく背を伸ばした。