一生懸命 母 みんなのアイドル愛子さん
一生懸命の人と言えば、誰はさておき私の母の愛子さん。毎日毎日、一日中習字を書いている。
ここで彼女の一日をご紹介させていただく。
朝飯前にまず1時間習字を書く。朝食後に薬を飲んでまた2時間。「ちょっと肩が凝ったわ」と、午前中の創作活動はここでひとまず終了。
「立って習字を書いているので脚を鍛えなければいけないわ」と、杖を突きながらオシャレしてお散歩に出かけていく。お決まりのコースは馴染みのブティック、本屋さん、公園を巡るもの。「外の空気を吸ってよく歩いたから小腹が空いたわ」と、帰宅して遅めの昼食をとる。
食休みに「韓流ドラマ」を観たら、いよいよ午後の創作活動の開始。
1時間ほど気合を入れて書いた後、入浴と軽めの夕食をとり、その後寝る前までにまた2時間、お気に入りのBS番組をBGMにしながら書き続ける。
夜中トイレに目が覚めたついでに「なんだか目が冴えちゃった」と、また1時間書くことだってある。
「誰にも文句を言われずに夜更かしできて幸せだわ」と言いながら。
こんな生活を母は3年も続けている。毎日5時間習字を書く85歳、自分の親ながら尊敬する。
でもたまに心配になったりもする。「おばあちゃん、ちょっと呆けてる?」ここでお断りしておくが、母は書道家などではないし、書いた習字を発表する場所など、どこにもない。ただただ自己満足。
書いては上手く書けないと落胆し「半紙じゃなく新聞紙に書いたときに限って上手く書けるのよ」と、悔しいんだか嬉しいんだかわからない表情で、ご自慢の作品をひらひら私に見せに来る。
「おばあちゃん、あーちゃんみたいに基本を習っていないから、ちっとも上手くならないのよね」などと謙遜しかしないが、娘の欲目には、どうしてなかなかの腕前である。
向上心の塊で負けず嫌いの母は、孫たちへのライバル意識をメラメラ燃やしながら「今度こそは会心の作品を!」と、書いては捨てて書いては捨てての毎日なのだ。
「いくら何でも発表の場を少しは設けてあげなきゃ気の毒」と、玄関前の目立つところに、子どもたちの書いた習字と並べて張ってあげている。4人共、近所の書道教室で習っていたので、もう黄ばんだ半紙が今も所狭しと張りっぱなしになっている。
そんな扱いしかしてもらえない作品のために、1日5時間来る日も来る日も書き続ける母は、正真正銘一生懸命な人である。
細くて小さい体のどこにそんな情熱とパワーが潜んでいるのか不思議でならない。
そんな母が3か月前に一大決心。
カルチャーセンターの「書道教室」に入会した。85歳で新しい教室に通い出す母は不安そうで嬉しそう。お稽古バッグも新調し月に2回通っている。
今はスランプらしく「明日のお稽古行きたくないな。上手く書けないんだもの」と、弱気になっている。お教室で一番の年長者。「準備も片付けものろくて恥ずかしい」と、気に掛ける母が可愛くて仕方ない。
熱くてお洒落で可愛い愛子さんは、我が家の永遠のアイドルだ。
この本の中で母の練習のたまもの、渾身の作品を発表できるなんて夢のよう。そしてそこには娘のイラストを「書」と一緒にある。三世代同居、夢の共演。お膳立てはできた。あとは私が一生懸命
エッセーを書き上げるだけだ。
母から受け継いだ一途になると夢中になり過ぎるこの厄介な性格。
「やりすぎ注意」とお互いにけん制し合いながら、今日も二人で頑張っている。