デート
だいたい、現代を生きる生身の女はダメだけど、女神の裸なら描いてもいいし鑑賞に値するってどういうことかしら?
結局、女の裸を観るための口実に神話を利用していただけじゃない。
それが神話の世界を飛び出した途端に「いやらしい」「汚らわしい」だなんて世間の批判はあんまり理不尽だわ。
カミーユはすっかりムッシュー・マネの味方になって腹を立てた。
そのときクロードが口を開いた。
「ムッシュー・マネの絵を観ると本当にわくわくするんだ。サロンの常識なんてもう古い。
そんなものにとらわれずに新しい絵を描かなきゃいけない。そんな気持ちになるんだよ。
神話や歴史の一場面じゃなくて、僕らの目の前の、美しいと感じたその瞬間を。できれば、そう、目に映った通りに」
最後のひと言を、クロードは何か考え事をしながら、独り言のようにつぶやいた。
その時はそれが、新しい時代の新しい絵─瞬間をキャンバスに写し取ろうとする試み─ の芽生えだとは、カミーユは気づかなかった。
数日後、クロードは一通の手紙を受け取った。
差出人はシャルル=フランソワ・ドービニー。一八五七年にはフランスで最も権威あるレジオン・ドヌール勲章を受けたバルビゾン派の巨匠である。彼は、サロンでクロードの作品を見て家に戻るなりペンを執った。
─初めてお便りを差し上げます。
本日、サロンであなたの作品『引き潮のラ・エーヴ岬』と『セーヌ河口、オンフルール』を拝見しました。
アカデミーに立ち寄って聞いたところによれば、これがあなたの初出品作だそうですね。私の胸は今、喜びでいっぱいです。あなたのように若く眩しいほどの才能に出会えたのですから。
ひと言で申し上げれば、両作品は大変素晴らしい。何気ない海辺の一場面が、これほどに美しくしかもドラマチックに胸に迫るのは、ひとえにあなたの構図力、そして複雑で洗練された色彩と筆遣いによるものです。
今後も、あなたの作品を毎年観られることを期待しております。ほかの題材を描いたものも拝見したいですね。
私は長年、フォンテーヌブローの森を描いてきましたが、森などはどうだろう? 最近では、セーヌに小舟を浮かべて川面に近い視点から描くことに熱中していました。
あなたの描く、河辺の風景などもぜひ拝見してみたいものです。
先ずは、あなたの洋々たる前途を祝して─
クロードは驚き、また喜びつつ礼状をしたためた。
さらに七月、クロードのサロンデビュー作は「美術新聞」の中で激賞された。
─ ここに新しい名を挙げなければならない。新進画家のムッシュー・クロード・モネである。
ここに見られる彼の作品『引き潮のラ・エーヴ岬』と『セーヌ河口、オンフルール』は彼のデビュー作である。(中略)色調の遊びの中に見える色のハーモニーに対する感性、ヴァルール(色価)そのものに対するセンス、魅力的な構図、物を見る大胆な心眼、見る者を惹き付けるその技法において、ムッシュー・モネはすでに極めて高いレベルに達している。
もはやわれわれは、彼の名を忘れることはないだろう─
二十四歳のクロードの、それは華々しい画壇デビューだった。