フォンテーヌブローの森 2
クロードのケガが癒え、フレッドをモデルに男性像を描き始めたとき、カミーユがパリを離れてからもう二週間が過ぎようとしていた。
明日、カミーユはパリに帰らなければならない。クロードは、これからここで男性像のモチーフをいくつか描き、少なくとも習作は完成させるつもりだろう。風景画にも意欲的だったから、それも完成させるに違いない。カミーユだけは二週間したら帰る。それはもう、来る前からお互い了解していたことなのに、日が暮れるにつれてカミーユは無口になった。
帰りたくない。もうほんの一瞬も、クロードと離れたくない。両親には明日帰ると伝えてある。テーラーには明後日からまた出勤する予定だ。何もかも、クロード以外の何もかも切り捨ててしまえたらどんなにいいだろう。
夜、カミーユは口数少なく、荷造りをした。クロードは机に向かって作業をしている。俯いて荷物を詰めていると涙がこぼれそうになるので、クロードに背を向けて作業をしていた。心が乱れて作業はなかなかはかどらない。
大体、何も言ってくれないクロードは酷い。薄情だ。心の中でクロードを責めていたら、つい涙がこぼれてしまった。そのときクロードの熱い腕がカミーユを包み、夢心地へと引き込んでいった。
一人、パリに向かう列車は、来た時と同じとは思えないほど長く感じられた。自宅の前に立ったとき、自分の姿のどこかにクロードと交わした愛の痕跡が表れてはいないかと気になった。
スカートの前にも後ろにも、ボディス(胴衣)のレースが作る襞の中にも、どこにもそんなものは見当たらない。手鏡を取り出してそっと覗き込んだけれど、数え切れないほど交わした口づけの痕さえ、何一つ残ってはいない。体中に受けた愛撫の記憶はこの胸の中だけにある。
ドアの前で、カミーユはその記憶に鍵をかけた。両親の前では普段通りに装い、再びテーラーへと通う毎日が始まった。でも、心はずっとフォンテーヌブローに置いたまま。筆を動かすクロードと向き合い、隣で眠るクロードにそっと手を伸ばす。けれど、ほんの指先にさえクロードの感触がないことがたまらなく寂しかった。
四日後、テーラー宛てにクロードから手紙が届いた。
──無事、帰ったかい? 僕はフレッドとスケッチに出ている。男性像のモチーフが出来上がったら、ここの風景も描きたいと思ってる。君も見ただろ? この森は素晴らしいよ。僕は、この素晴らしさをそのままに伝える傑作を描く。ただ、君が隣にいないのが寂しい。ここでやりたいことはまだ残っているけど、早く君に会いたい。百万回のキスを贈るよ。
カミーユは急いで帰宅すると自室で初めて手紙を開き、何度も何度も繰り返し読んだ。そして、クロードの指が触れたその手紙を胸に抱きしめた。シャイイで交わした愛の記憶とその手紙だけで、まだしばらく耐えなければならない。