出会い─パリの片隅で
「……あの、仕事が休みの日だけ、モデルのお仕事をお引き受けするなんてことでは……ダメですよね……」
「それでも構いません」
即答だった。隣にいたムッシュー・バジールは少し驚いたような顔をして同居人の顔を見た。
「それだと、こっちの作業もなかなか進まないだろう?」
「平日は外にスケッチに行くからいいさ。君はルーヴルで模写という手もあるだろう」
そこでムッシュー・バジールは軽く噴き出した。
「クロードは、ルーヴルに行っても模写なんかしないもんな。君がルーヴルですることといったら、二階のバルコニーから名画に背を向けて街を描くことくらいだ」
「歴史だの神話の一場面なんて、僕は見たこともないし描けないよ。とにかく、あれを模写するなんてごめんだ。考えただけでも退屈過ぎてゾッとする」
それから、カミーユの方に向き直って尋ねた。
「ただ、週に一回だけということになると、最低でも三時間以上お願いしたい。それは構わないだろうか。それから……」
ムッシュー・モネは珍しく口ごもった。
「その……、僕らは裸体デッサンから勉強し直したいんです」
今度は、構わないだろうかとは尋ねなかった。ただ、その深く強いまなざしでカミーユの目を覗き込んだ。
裸体デッサン? その意味を理解するまでに数秒掛かった。理解した途端、それはできないと思った。でも、そう答えればムッシュー・モネをがっかりさせてしまう。
カミーユはどうしたらいいかわからなくて、膝の上で重ねた両手を見つめていた。この厳寒期に両方のこめかみから汗が流れ出るようだった。そのとき、ムッシュー・バジールが口を開いた。
「裸体デッサンなら、グレールのアトリエでもずいぶんやったろう? 着衣モデルだけお願いできれば十分なんじゃないか?」
カミーユはムッシュー・モネの顔を見ることができなかった。しばらく間があって、彼はつぶやくように言った。
「……うん、そうだな……」
納得していないのは明らかだった。しかし、こだわりの人ムッシュー・モネもそれ以上無理強いはしなかった。
「ところで、君の名前をちゃんと教えてくれるかい? モデル契約を結ぶには正式名が必要だ」
ムッシュー・モネは少しおどけて言った。
「カミーユ・ドンシューと申します」
「それではマドモワゼル・ドンシュー、次の日曜から早速、私たちのモデルを務めていただけますか?」
「ウィ、ムッシュー」
喜んで、と付け加えたいのを我慢した。