私は無視をした。その土下座を、その軽い口を。ヤマダ会長だけを見て、
「水子地蔵をやめて六地蔵にし、園原部落には今日のことを内緒にしてください」
「わかった。そのとおりにする」
ヤマダ会長も私を見てそう答えた。
私は携帯を手にした。(私はなんて勝手なのか)、自問しながらお願いした。記者は困惑し、印刷に回さなければ夕刊に間に合わないと言う。それでも、「熊谷さんがやめると言うなら、それなりの理由と結果があるものとしてそうします」と言ってくれた。
「ありがたい!」
真っ先に言うオカダカツミ。
「助役! ちょっと酒をお願いしてくれ! 熊谷さん酒でよいですか? 大丈夫ですよね。家に帰るだけだから」
調子のよい男だ。私にとってはやけ酒、飲酒運転してもよいと思った。飲酒運転で捕まったら、警察に何もかも話してやる! そんな気分だった。ここでオカダ村長は余分なことを二つ言った。
「迷惑をかけて申しわけない」。ここまではよい。「ツネオには今日のことは黙っていてもらえないか、あいつはどうしようもない」。私に黙っていろとは、あまりに虫がよすぎる。ヤマダ会長とクマカワマサオ議長が口々に言う。
「ツネオも出しゃばらなきゃなあ、まあ、言っても聞くやつじゃないし」
「無理むり! あいつは自分のことしか考えておらんよ」
そろいも揃って呆れるが、しばらくツネオの悪口が酒の肴であった。
余分なことの二つ目。これが事の発端。いきなりである。身を乗りだし、
「熊谷さん。前から要望されてきた園原資料館。どうです、あれをつくりませんか? 5億もあればできるでしょう。H建設(ヤマダ会長の建設会社)が施工すればよいではないか。どう? 会長」
「どうって言われてもなあ」
「マサオ議長、どう? いい話でしょう。マサオ議長も熊谷さんと一緒に園原資料館に取り組んでみたら? 二人の話ができれば簡単に進むでしょう」
息もつかずにまくし立てる。なんという男か、この野郎! 正直腹が立った。冗談じゃない。薄汚れた話を無理やり収めたばかりじゃないか。
何も答えなかった。私がごねればとの腹案であったのだろう。事前にヤマダ会長とマサオ議長に、そう話していたに違いない。それは二人の反応を見ればわかることであった。
なんて汚い男だろう。見くびられるのに腹が立つ。すぐに話題を変えた。
「会長、信濃比叡はこれからどう進めるつもりですか?」
「今も言ったとおり、お前の親父との約束だ。信濃比叡となるよう一緒にやっていかまいか」
ここぞとばかりに福岡助役が言う。
「さあさ、よい話ができた。ここで気持ちが一つになったということで、手締めとしましょう! さあさ、立ちあがっていただいて、四人でしっかり手を握って!」
握り合ったその手を両手で包み、
「マサオ議長も村長も、熊谷さんも会長さんも、私が見届け人でしっかり確認しました。ありがとうございます」