やわらかそうな亜麻色の髪を愛でる表情には、どこか悟りの境地すら感じさせる。
「苦しむことも、つらいこともあるでしょう。それでも、この子や稔さんのために長く生きていたい。そう想えたのは、篠原先生のおかげなんですよ」
今日に至るまで、言葉では語り尽くせぬ道のりがあった。
「なぜ私たち家族が」とうなだれた裕子さんの涙が蘇った。「なぜ妻が」と打ち拉がれた稔さんの落胆を想った。
「ずっと私たち家族を見守り、励まし続けてくれた篠原先生だからこそ。私は安心してこの身を任せられるんです。どうか、よろしくお願いいたします」
裕子さんは覚悟を決めた表情でお辞儀した。稔さんもそれに続く。ただ礼央くんだけは、自分の人差し指を噛んだままぽかんとしていた。わたしは身が引き締まる想いだった。患者をえり好みするわけではない。
だがこの立花一家のしあわせだけは、是が非でも守らなくてはならない。血液内科医としての矜持(きょうじ)が年甲斐もなく湧いてくる。
「裕子さん、稔さん、そして礼央くん。共にこの苦難を乗り越えていきましょう」
わたしは裕子さん家族ひとりひとりと握手を交わした。礼央くんはこの状況をまだ理解できていないのか、わたしのネクタイに手を伸ばすとなんの気なしに引っ張った。呼吸が詰まって思わずむせる。
「こら、礼央。篠原先生になんてことを」
そのあと血相を変えた立花一家の平謝りが続くわけだが、だれしもが自由奔放(じゆうほんぽう)な礼央くんに元気づけられたのはあきらかだった。
そうして治療方針を巡る大事な面談は、みな笑顔で終了した。