「俺のせいなんだ」

「なあ、どうするんだ」

わたしの質問が届くか届かないかのうちに、一陣の風がざあっと音を立てながら水面を駆けた。

それはこの世界にはじめてもたらされた風で、取り巻いていた靄がみるみる吹き流されていく。すこしずつ鮮明になっていく視界。そこには想像だにしなかった光景が広がっていた。

わたしは魂までをもふるわせる絶叫をあげた。

小舟一隻ずつほどの空間を挟んで広がる陸地に、おびただしい数の人だかりが列をなし、わたしたちを覗きこんでいた。ある者は口を半開きにし、ある者は眼球がこぼれ落ちそうなほどに見開いている。皮膚に血の気はなく、白装束を思わせるほどに生白い。

はああ、とか、うう、とか言語化不能の呻き声で白い息を舞いあがらせる。そんな地獄絵図のような光景が、見渡すかぎり、どこまでも続いていた。

恐怖のあまり、舟底で身をふるわせることしかできない。下顎はひとりでにふるえだし、上下の歯は火打石のようにガチガチ鳴る。わたしは自分の魂が遊離してしまわないように、両腕で自分の体を抱きしめた。固くまぶたを閉じてかぶりを振る。次にまぶたを開けたときに、すべてが灰燼(かいじん)に帰すことを願った。

「諌さん。お気をたしかに」

わたしの肩を庄兵衛が揺さぶった。

「この者たちはどうやら、あなたに危害を加えたり、怖がらせたりすることはなさそうですよ。眼を開けてください。諌さんが記憶の欠片と向き合わなくては、先に進めません」

今まで支え続けてくれた庄兵衛の声も、恐怖に支配されたわたしを救い出すことはできない。

「無理だ。わたしにはもう」

両手で耳を塞ぐようにして、舟底に踞(うずくま)る。さきほどの光景が、まぶたの裏にこびりついてしまっている。今度ばかりは完全に打ちのめされてしまった。わたしが、なにをしたというのだろう。こんなにも無力なわたしを恐怖でふるえあがらせて、神はなにをお望みか。

「顔を上げぬのなら、力ずくもいといませんよ」

優しさといたわりに溢れていた庄兵衛も、今度ばかりは容赦がなかった。腑抜けのわたしがよほどお気に召さないらしい。

「この場所はあなたの人生が映される場所です。この場所には、あなたに関わった者たちしか出てこない」

わたしは眼を見開かぬまま顔だけを庄兵衛に向ける。

「なんだと。それじゃあ、このまわりにいる奴らは」

「はい。すべてあなたに所縁(ゆかり)」のある人物と聞いております。勇気を持って、真実を見極めるのです」

先程から舟は止まっていた。わたしが立ち直らなければ庄兵衛は舟を漕がないつもりらしい。それはすなわち恐怖を克服しなければ、先に進めないということだ。