生命の象徴が、奏しストリングス

「フィグ! 久しぶりだね。あれからずっと日本に居たの?」

「海堂サン、ゴ無沙汰シテマシタ。大学ヲ卒業シタアトハ、シバラク祖国ニ帰ッテイマシタ。海堂サン、私ノ名前、ドンナ意味ガ込メラレテイルカ分カリマスカ?」

「いや、全く想像がつかない。フィグって祖国の言葉?」

「イイエ、英語デス。一ツ目ノ意味ハ『生命ノ象徴』ソシテモウ一ツハ……」

 全て言いきる前に名刺を海堂に差し出す、フィグと呼ばれる女性。

【椎名 無花果】

「椎名、ええと、あれ?」

 名刺に記された「無花果」が読めない海堂。

「無花果ト書イテ、いちじくト読ミマス」

「椎名 無花果……無花果と書いて、イチジク、か……」

フィグは「コピリニクス」で、重要な位置を占める弦楽奏者だ。海堂が籍を置いた大学で知り合い、在学中は音楽談義に花を咲かせたが、卒業後、連絡が取れなくなっていた。

今回の企画を立ち上げるに従って、知り合いという知り合いに電話をかけた海堂。

フィグと共通の友達が見つかり、今、日本に居ることがわかったことで、彼女を企画のメンバーに誘い入れるべく速やかに動いた。

フィグは大学に音楽の推薦で入るくらい腕前は確かだった。

ところが、大学を卒業後は、祖国で家業の青果店を手伝う日々を送っていたらしい。

その辺はあまり突っ込んで訊くべき内容ではないと心得、追及はしなかったが、外国人ならではの国内に長居できない理由があったのかもしれない。

「敬子さん、あの一角獣って、当然マジョリティですよね?」

「断言はできないけど少数派ではないことは確かね。私たちがアマチュアBANDの頃、一角獣のコピーをしていたことを知っての質問かしら?」

「も、勿論ですよ。あの頃はMAMA RAIDが席巻していましたが、そんな中、女性ヴォーカルで奥寺のパートを再現するなんて! 貴女方と同じ出身ということに誇りを感じています。あの当時から、RCAのことをずっとずっと尊敬していました!」

「やめてよ、くすぐったい。でも、そういうオーディエンスが居てくれる限り、ステージを降りるわけにはいかないわね。で、まだあるんでしょ? 一角獣に関する話」

「ええ、デビュー曲に位置付けられている『大迷惑』、ありますよね? あれをメンバー総動員でコピリニクせないかなぁ、と」

「ええと、オーケストラを録音するってこと?」

「そういうことになります。僕たちがやろうとしているのはカヴァーではなく、コピーなので、細部まで音を分析して本物顔負けの臨場感を出せたらなって」

フィグとの再会、歌姫との論議。素人考えの小さな企画は、少しずつだが確実な歩みで、未来へと向かう。

紅弥と珠莉唖 プライドを賭けた熱き戦い

「勝った方が飲み代タダなら、勝負してもいいでしゅよ」

ビールジョッキを持ち上げて、紅弥を睨むジュリア。

「啖呵切る相手を、アンタ見誤ったね。上等よ。アルコールの海で、溺れ死になさいっ」

立てた片膝を叩き、気合いを入れる紅弥。

ルールの説明。先にジョッキを空にした方が、次の酒の指名権あり。

遅れをとった方が空にするまで、先手をとった方は休むのも自由だが、重圧をかける意味で、次の酒を流し込むのもOK。

奇しくも紅弥が表現したように、アルコールの海に溺れた方が敗者と相なる。

「2杯目、レモンシャワー」

正しくはレモンサワー。先にジョッキを空にしたのはジュリアだ。もうすぐ飲み終わる紅弥が不敵に笑う。

「へぇ、小娘の割に渋い選択するじゃない。でも、浴びたって仕方がないの。 いかに相手を酔わせて、溺れさせてなんぼの勝負でしょ?」

バラエティ番組で水樹華がゲストの際に語られていたが、真の酒飲みクラスになると、一周回ってレモンサワーを浴びるように飲むようになるらしい。

紅弥が指摘したのは、そういうことではないだろうか?

「3杯目、ハイカラ」

腹が減っているのか? 某CMの【ハイボール】と【唐揚げ】を注文する紅弥。これには少し苦笑いのジュリア。胃にアルコール以外の物が侵入するのは計算外か?

「4杯目、梅酒ロック」

相手を酔い潰すことよりも、酒宴を楽しむかのようなジュリアのオーダー。余裕を垣間見ることができる両者、ほぼ同時に四杯目に取り掛かり、喉を鳴らして一気に胃まで落とし込む紅弥とジュリア。

なかなかの好勝負、互いを認め合う空気感が場を支配する。

「飲み干したタイミングは同時だったけど、5杯目、アンタが決めていいわよ」

「いいんでしゅか? じゃあ、黒霧島で乾杯しましょ」

5杯、6杯、7杯……留まるところを知らない2人の飲みっぷりに感嘆する会場。

数えること、21杯目でジュリアが

「親の小言と、しゃけ(酒)のチャンポンは、あとから利いてきましゅからねぇ……」

博多華丸の迷言を口にして、ウーロンハイがまだ残っているジョッキをテーブルに「ゴツン!」「チャポン!」と置いて、そのまま突っ伏した。

21杯で決着がつくと思っていなかったのか、まだ飲み足りない様子の紅弥。

兎にも角にも「お持ち帰り出来ないピアノ弾き」と称されていた大酒豪、鴻峯珠莉唖を、晴れて「コピリニクス」のメンバーに迎え入れることとなった。

「繊細な指、骨太な音」様々な看板を背負い奏でるジュリア。バンドのメロディワークに彩りを添える鍵盤楽器に無限の可能性を見出していくことを期待して、次の逸話へ……。