ホイアンのハリモト

一通り家の中を見せていただいた後、店のおばあさんが、我々に中国茶をご馳走してくれた。ホイアンのお茶は旨いという定評がある。その理由は、チャムの井戸水から出る湧水の美味しさの為だとされている(東京の御茶の水も江戸時代は美味しい湧水が出た由、でそれが御茶の水の名前の由来だそうである)が、評判どおり、まろやかな湧水の味が生きたお茶の味であった。

来遠橋の近くの路地裏に無心で釣瓶(つるべ)を使って井戸水を汲み上げている幼女がいた。日本の田舎に行っても既に見られなくなった風景で妙に懐かしい気がした。我々一行が歩き疲れた頃、丁度昼食となった。昼食会場は、旅行社がアレンジしてくれたレストランであった。

「会安酒家」(ホイアン・シュカ)との中国語の看板がレストランの表に掲げられていた。多分、華僑が経営しているレストランなのだろう。全員無事食卓につき飲み物をオーダーし、それぞれ、どんなベトナム料理が出てくるのか不安で一杯の様であった。

正直なところほとんどの人は、まあ、無事に喉を通り空腹を満たしてくれれば良いという感じであった。「カチン・カチン」という音がする。隣を見ると誰かが購入したベトナム磁器の品定めの最中だった。

ウサギの絵のある染め付けで、買値は五ドルとのことであった。税関は問題ないのかなと誰かが呟いた。いよいよ料理の登場である。皆の取り越し苦労が、安堵の声に変わるのにそう時間はかからなかった。

美味なベトナム料理のオンパレードである。天然エビの炭火焼き、味に勢いのあるベトナムの野菜、小さく切った牛肉の串焼き、それと何本かの「333」(ビール)を飲み干しながら、誰もが幸せであった。食事は滞りなく進んでいた。

レストランの恰幅のいい親父が、最後の焼き飯を運んで来た。誰かが感謝の気持ちを込めて、ベトナム語で「カンウォン」(感恩)と叫んだ。親父の顔がパッと明るくなり、はち切れそうな笑顔が浮かんだ。と同時に親父は考え込んだ様子でもあった。

そしてややあって「ハリモト」「ハリモト」と大きな声で叫んだのである。「ハリモト」、その言葉に我々日本人観光団は頭を抱え、首を傾げてしまった。ある御仁いわく、「ね、それって野球の『ハリモト』がこの料理屋に来たんじゃない」。

また、ある御仁は、「野球のハリモトじゃない、それはきっとこの焼き飯の名前じゃないかな」と類推する。納得できる結論はなかなか出て来ない。誰かが焼き飯をさし、親父の顔を見つつ「ハリモト」と言った。当の親父は怪訝な顔をしている。

「いやそれは、焼き飯の名前ではなく日本のハシモトの名前じゃないか、日本人の名前には橋本が多いから、親父はその名前を覚えているんだよ」、「いや、ちょっと違うんじゃない」。ビール「333」をしこたま飲んだ日本人観光団の「ハリモト」論争は尽きることがなかった。