気付くと、周りにも同じような球体が浮かんでいる。というか、緩やかな速度の風に乗って、ある方向に動いている。私はなぜか冷静だった。
「死ぬ時って、やっぱりこんな感じなんだ。あの世に持っていけるのは自分の意識だけってことか」
そんなことを考えながら、空中に浮かび流されていく。いろんなことが走馬燈のように、頭の中を駆け巡った。しかし同時に、直近の現実世界のことも浮かんでくる。
「あの仕事やりかけだ」
「母親を残していく訳にいかない。順番守ろうよ! (自分自身に問いかける)」
亡くなった父と病床で交わした約束。
「何も心配いらないよ。お母さんのこともね」
と言ったのに!
「今死んだら、大勢の人に迷惑がかかる」
球体の中で、ブツブツと独り言をつぶやく私がいた。
「いずれ、こんな風に死ぬのは分かるけど、今は困る……まだ困る……」
「困ります……」
「今は困るんですけどぉーー」
「神様、仏様、本当にマジで困るんですけどぉーーーーーー」
透明な球体の中で、力一杯叫んだ。とにかく無心だった。
しばらく視界の悪い靄の中を漂っていたが、その光景は消え、視界にオフホワイトの色が見えた。そのオフホワイトは、集中治療室の天井だった。
『あ、助かったのか?』
『生きてる?』
自分で自分自身を確認した。その時に私は、命の危機を脱したのだった。
夢だったのかもしれない。けれど、あの光景、肉体の無い感覚、その中でも意識だけは、はっきりとある感覚、すべてがリアルだった。よほど現実社会の方がリアルでない感じもした。
動かない体(この当時)ながら、一緒に漂っていた球体の人達は……と思い、生かされた意味を深く考えるようになり始めた。