入院生活に寄り添う音楽
一時帰宅した時にスマホのイヤホンをバッグに入れ、病院に戻った。
病院でテレビを観るためのイヤホンは片耳用である。入院生活を送る上でイヤホンが片耳である必要性、意味は納得できていた。スタッフからの連絡や同室の患者との会話など、片方の耳がフリーでいることは大切だった。
だが、そのイヤホンはスマホに接続できないので、ずっと好きな音楽を聴きたくてたまらなかった。ようやくスマホのイヤホンを手に、消灯時間ベッドで音楽を聴いた。
スマホの中には邦楽、洋楽など、こだわりなく好きなアーティストや聴いてみて「いいな」と思った曲をダウンロードしていた。その中からビリー・ジョエルのアルバムを選んだ。学生時代、一番よく聴いた洋楽はビリー・ジョエルだった。
暗闇の病室にビリー・ジョエルの声が耳に心地よく響く。
「シーズ・オールウェイズ・ア・ウーマン」
伸びやかなビリーの声、優しいピアノの音色。
静寂の夜、豊かな気持ちになり、心は穏やかになった。
車の中や自宅には多くの曲があるが、当時スマホの中には限られた曲しかなかった。
それでも、様々な場面で音楽に救われた。
リハビリがうまくできなかった時、考え事をしたい時、今後の不安を拭い去りたい時、それぞれの気持ちに合わせて曲を選び聴いた。ロビーから見ていた夕焼け。音楽が側にあると特別な光景に感じた。
今は便利な時代で、入院中も気に入った曲を購入しダウンロードして楽しんだ。ただ何故か、この時私の好きなエレファントカシマシの曲はスマホの中にはなかった。
よく療法士・看護師や患者に「何を聴いているの?」と聞かれた。アーティストや曲名を答えると「いろいろ聴くのね!」と言われた。
音楽は昔から好きだった。
中学生の時、初めてお小遣いを貯めて買ったレコードがヴァン・ヘイレンの『1984』だ。大切に抱え帰宅し、レコードに針を落とした。
流れてきたイントロに衝撃を受けたことは鮮明に覚えている。幼い頃は歌謡曲、中学・高校の頃は洋楽、大学以降は「いいな」と思う曲は何でも聴いた。学生時代に絵を描いていた頃、電車やバスで通学していた頃、運転免許を取り、初めて買った車で通勤し出した頃……
振り返ると、音楽は常に寄り添ってくれていたことに気付く。
就寝時間、リハビリの合間に、少しゆっくり過ごしたい時などには、極力音楽を聴いた。本当に心が癒された。芸術は絵画や彫刻、舞台など様々あるが、音楽が一番、場所や環境を選ばず触れることができると思う。
音楽を聴くことができるようになり、心が豊かになった。当たり前に毎日聴いていた音楽を取り戻したことが、倒れる前の自分を少しずつではあるものの取り戻している実感をくれた。