化粧をする

一時帰宅した翌日、起床した後に化粧をしてみた。

今まで、入浴後や朝に、化粧水だけはつけていた。その化粧水は、肌が弱い私のためにKさんに買って来ていただいたものだった。

倒れて2か月振りの化粧。

化粧水をつけ、乳液をつけ、下地クリーム、ファンデーションを、左手で顔につけてみる。

何とかベースが完了したが、問題はここからだ。

手入れもできていなかったボサボサの眉カットをしたが、思うようにいかなかった。

それでもアイブロウで眉を描いた。利き手の右手と違い、逆の動きをしなければいけないので難しい。

時間はかかったが何とか終わり、唇に薄ピンクのグロスを塗った。他の患者さんに迷惑をかけないよう、匂いもほぼない最低限のメイクを心掛けた。

鏡を覗き込んで2か月振りに自分を取り戻した感覚がした。

女性は化粧をすると変わるというが、確かにノーメイクで過ごした昨日までとは、気分が明らかに違うのを感じる。

看護師が朝の検温に来られて、

「宮武さん、お化粧されていますね! 眉、左手で描かれたのですか?」

「あ、はい」

「すごい! 私だったら絶対にできないです」

「あ、ありがとうございます」

この時、褒められたことは嬉しかったが、今の私には、いや恐らくこれからも動く左手しか残っていないので、片手で化粧をすることは当たり前だと思った。

もちろん、看護師に悪気がなく純粋に褒めてくれたのは分かっている。誰しもきっと片麻痺になったら、利き手が麻痺したら、片手で身だしなみを整えると思う。心の中で、

『こうやって生きていくしかないのですよ』

とつぶやいた。

髪の毛も、ずっとブラシで手入れするだけで、どんなに寝癖がついても直すことができなかったが、この日は倒れて以来、髪にミストを振りヘアアイロンをかけた。火傷をしないよう、恐る恐る左手でヘアアイロンと格闘し、何とか寝癖を直した。

些細なことだが、身だしなみを整えられたことで、少し自信を取り戻した。

リハビリ室に行くと療法士がすぐに化粧をしていることに気付いてくださり、声を掛けていただいた。

「お化粧されたのですね!」

「はい、してもしなくてもあまり変わらないのですけどね(笑)」

「そんなことないですよ! いいじゃないですか!」

と言っていただき、ありがたくもあり、少々気恥ずかしさもあった。

不思議だが、化粧や髪の毛のスタイリングなどは、気持ちに張りを与えてくれた。

今まではリハビリや治療で頭がいっぱいだったが、倒れる前の私にほんの少しだけ戻れた気がした。